クリーン水素の製造拡大(Ⅰ)

エネルギー

 グレー水素の製造過程で出るCO2を除去したものはブルー水素(製造コスト:2ドル/kg以下)と呼ばれ、日本は本命視?している。欧州のグリーン水素とは一線を画した動きであるが、水素社会への第一歩を踏み出すためには必要なステップであろう。 
 2023年4月、国際エネルギー機関(IEA)は、製造された水素が「クリーン」か否かを示す指標を示した。化石燃料を原料とするブルー水素でも、CO2を分離回収すればクリーンとみなす。水素エネルギーは脱炭素社会の実現には不可欠で、世界共通の基準を作り、企業の投資しやすい環境を整備する。

グリーン水素とグレー水素

化石資源由来のグレー水素

 二次エネルギーである水素の製造方法は、表1のように使用する原材料により化石資源由来と非化石資源由来とに大別される。現在、生産されている水素の大部分は化石資源由来でグレー水素(製造コスト:1ドル/kg程度)と呼ばれている。
 工業プロセスの副産物として生成する副生水素や、化石資源の改質(水蒸気改質、部分酸化、接触改質など)で製造されるが、化石燃料で発電した電力を用いた水電解法も商用化されている。

 国内では、エア・ウォーター・エンジニアリングが、天然ガスを主原料とし水蒸気改質による水素ガス発生装置「VHR」(水素製造能力:100~400Nm3/h)を商品化している。

表1  各種の水素製造方法の分類
出典:科学技術・学術政策研究所

 水蒸気改質ではニッケル系触媒が用いられるが700℃以上の高温が必要で、放出されるCO2を削減することが課題である。JXTGエネルギー(現ENEOS)は独自の分離膜技術で石油精製過程で発生するCO2を分離して100%に近い高純度水素を生産する技術を開発している。

 また、水素サプライチェーン構築の一環で、千代田化工建設や川崎重工業は化石燃料の改質による水素製造過程で発生するCO2を炭酸ガス回収・貯留(CCS:Carbon Capture and Storage)技術で除去する技術を開発している。

 グレー水素の製造過程で出るCO2を除去したものはブルー水素(製造コスト:2ドル/kg以下)と呼ばれ、日本では本命視している。ただし、クリーンとみなす基準を、欧米では厳しく設定している。

グレー水素をクリーンとみなす各国の規定:
●2022年1月、EUでは持続可能な経済活動を分類するタクソノミーで、化石燃料の採掘から水素製造・消費までに発生するCO2を7割超減らした水素をクリーンとみなす規則を施行。
●米国は、2021年11月に成立したインフラ法で、水素メーカーへの助成金の基準として、水素製造時のCO2を8割以上減らすことを規定。
●英国では、2021年に化石燃料の採掘~水素製造までに生じるCO2を、85%削減する基準案を政府が提示。 

非化石資源由来のグリーン水素

 非化石資源由来の水素製造方法として、再生可能エネルギー電力を用いた水電解法がある。この再生可能エネルギー水素は、グリーン水素(製造コスト:5ドル/kg程度)と呼ばれ、世界的に本命視されている。

 再生可能エネルギー水素は、風力発電や太陽光発電のような大きな出力変動を水素製造・貯蔵で平準化したり、遠隔地の発電所から送電を行い需要地で水素を製造・発電するなどエネルギー輸送対策としても有効である。現在、低コスト化を目指して国内外で実証試験が進められている。

 水電解で多くの実績を有するのはアルカリ水電解法であるが、最近は固体高分子型燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)の逆反応を利用したコンパクトな固体高分子型水電解法(PEEC:Polymer Electrolyte Electrolysis Cell)が商品化されている。
 また、最近は固体酸化物型燃料電池(SOFC: Solid Oxide Fuel cell)の逆反応を利用した固体酸化物型水蒸気電解法(SOEC: Solid Oxide Electrolysis Cell)の研究開発が進められている。作動温度が高いが、電解効率が極めて高いのが特長である。

 また、2022年1月、EUはタクソノミーで原子力発電を脱炭素に貢献するとの方針を公表し、原子力発電由来の水素をクリーン・エネルギーと位置付けており、イエロー水素あるいはピンク水素(製造コスト:2.5ドル/kg程度)と呼ばれている。原子力発電所の設置リスクを伴う点に問題はある。

 その他、次世代技術として高温ガス炉や太陽熱による高温での水の熱化学分解、微生物などによるバイオマス変換、太陽光による水の光分解の研究開発が進められている。いずれも、水素製造時のCO2排出量がゼロとなるが、大幅な低コスト化が課題である。

IEAによるNet Zero by 2050

 2021年5月、国際エネルギー機関(IEA)は「Net Zero by 2050 Roadmap for the Global Energy Sector」を公表した。併せて、2050年ネットゼロを達成するNZEシナリオ(Net Zero Emissions by 2050 Scenario)実現のために、水素ベース燃料の生産量予測を示している。

水素ベース燃料の生産量の予測:
■2020年には、8700万トン(化石資源由来:7800万トン、化石資源由来+CCUS:855万トン、水電解:45万トン)の実績。
■2030年には、2億1200万トン(化石資源由来:6200万トン、化石資源由来+CCUS:6900万トン、水電解:8100万トン)に増加すると予測。
■2050年には、5億2800万トン(化石資源由来:80万トン、化石資源由来+CCUS:1976万トン、水電解:3224万トン)に増加すると予測。

 2020年の水素ベース燃料の生産量の約90%は化石資源由来であるが、2030年には約30%、2050年にはほぼ0%とするIEAの計画である。そのためには、従来の水素製造の主体が化石資源由来のオンサイト生産であるのに対し、水電解の商用生産に移行する必要がある。

 一方で、水素ベース燃料の消費は、従来は製油所や一般産業用途に少量が使われていたが、新たに水素やアンモニアによる発電用途、輸送用燃料など、製造業の脱炭素化で需要の激増を予測している。

図1 NZE2050達成のための水素・水素ベース燃料のロードマップ
出典:国際エネルギー機関(IEA)、2021年6月

 2023年4月、IEAは製造された水素が「クリーン」か否かを示す指標を示した。化石燃料を原料とするブルー水素でも、CO2を分離回収すればクリーンとみなすとした。水素は脱炭素社会の実現には不可欠で、世界共通の基準をつくり企業が投資しやすい環境を整備する狙いである。

 日米欧など約30カ国で構成されるIEAは、水素製造時に出るCO2排出量の割合を示す「炭素集約度」を使いクリーン度を決める指標を示した。1kgの水素製造で出るCO2が7kgを下回ればクリーンとみなし、CCUSで実質排出量を7kg未満に抑えれば許容する。指標の順守は義務ではないとした。

 日本は2023年5月にも水素戦略を改定する方針で、当面は天然ガス由来のブルー水素を軸に普及を進める。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、世界が2050年に温暖化ガスの排出の実質ゼロを目指す場合、水素は最終エネルギー需要の12%を占める必要があるとしている。

海外で進む水素供給の加速

グリーン水素を目指す欧州

 2022年3月に起きたロシアによるウクライナ侵攻で、原油やLNGの価格が高騰した結果、再生可能エネルギーの価格競争力が上昇し、加えてEU内でのエネルギー自給率向上を狙い、グリーン水素を製造する水電解装置の量産が欧州各国で始まった
 2022年5月、EUは2030年までにEU域内で1000万トン/年のグリーン水素を製造する目標を発表した。これは従来目標の2倍であり、化石燃料に替えて自給自足のエネルギー源としてグリーン水素を促進する方針を明確化した。

 2022年3月、ドイツのシーメンス・エナジーはベルリンの工場で2023年に数百万kW/年規模の装置「Silyzer300」(容量:1.75万kW級)の量産を始めると発表した。東レはシーメンス・エナジーに電解質膜を提供している。

図2 シーメンスの量産するシライザー300

 2022年4月、ノルウェーのネル・ハイドロジェンは、同国南部ヘロヤで水電解装置の50万kW/年の量産工場を稼働させた。グリーン水素を1.5ドル/kgで提供すべく、伊藤忠商事とも提携して2025年までに米国と欧州で400万kWずつ、アジアで200万kWの合計1000万kW/年の生産体制を目指す。

 英国ITMパワーは、2024年までに500万kW/年のPEEC水電解装置の生産体制を構築するとした。
 ITMパワーとは、2018年7月に住友商事が戦略的パートナーシップ契約を締結し、2021年7月には、東京ガスと住友商事が、ITMパワー製である2MW級のPEEC水電解装置(水素製造能力:30.9kg/h)を使用した水素利用の共同実証実験を実施することで合意している。

 2022年4月、三菱商事が欧州で製造時にCO2を出さないグリーン水素の供給に乗り出すことを公表した。三菱商事子会社の欧州で再生可能エネルギー事業に取り組むエネコが、英国のシェル、ノルウェーのエネルギー大手エクイノール、ドイツのRWEなどで作る共同事業会社に10%を出資する。
 2030年までに、オランダ沖合中心の欧州海域に大規模洋上風力発電所(出力:約400万kW)を建設し、その電力で水電解によりグリーン水素を製造する。2030年に40万トン/年、2040年に100万トン/年に拡大する計画で総投資額は3000億円超、三菱商事はこのうち数百億円規模を投資する。

出遅れた米国

 欧州に比べて、米国の出遅れ感は否めない。

 2021年7月、米国ブルームエナジーは固体酸化物型水蒸気電解装置(SOEC)の開発を発表した。SOECは一般の水電解技術に比べて15%の省エネが可能で、外部熱源を利用するとアルカリ水電解やPEECに比べて最大で45%の省エネが可能としている。

 2022年8月、米国のLNG生産企業ニュー・フォートレス・エナジーと米国燃料電池システム開発のプラグパワーは、テキサス州に商用規模の固体高分子型水電解法(PEEC)によるグリーン水素製造施設(12万kW)の建設を発表した。50トン/日のグリーン水素製造が可能としている。

 2022年10月、米国政府は水素大国を目指し、70億ドルで国内に6~10カ所の生産拠点を整備することを公表した。事業費の最大半分を1カ所あたり12.5億ドルを上限に支援し、2030年に1000万トン/年の水素生産を目指している。

 国際エネルギー機関(IEA)は2030年の世界のクリーン水素の生産量は1600万~2400万トン/年と予測しており、米国はその約半分を生産する計画である。国内で発電、工場やプラント、交通分野で使用し、一部は海外輸出も考えており、日本企業も参画を検討している 。

 米国の進める水素の製造方法は、①天然ガスの改質よる水素+CO2回収・貯留(CCS)、②再生可能エネルギー電力を使った水電解、③原子力発電の電力を使った水電解や化学反応など、複数の方法を対象としており、②③で製造した水素には最大3000ドル/トンの税控除を導入する。

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