現在、開発が進められている事故耐性燃料(ATF)の主体は、過酷事故(Severe accident)を本質的に防ぐものではない。福島第一原発事故を顧みて、ジルカロイ燃料被覆管に起きた事象を遅らせる対策であることを忘れてはならない。
今後、この遅らせる効果を定量的に把握し、耐環境コーティング開発に反映させる必要がある。加えて、燃料自体に課せられた「燃料中心温度の低下や、放射性物質の保持性能を向上させる」概念の開発についても海外燃料メーカーの情報収集に基づく開発加速が重要である。
政府の開発方針
2024年9月、原子力発電所の重大事故に備え、政府は2025年4月にも、新型の「事故耐性燃料(ATF)」の開発に向けた技術試験を本格化させると発表した。燃料被覆管を改良し、米国の試験炉を使って放射線の照射試験を進め、2035年以降を目途に国内の原発への導入をめざす。
資源エネルギー庁は、2024年度までの10年間で39億円の予算を投じて日本原子力研究開発機構(JAEA)に研究開発を委託しており、三菱重工業、東芝エネルギーシステムズ、日立GEニュークリア・エナジーの3社と共同で開発に取り組んでいる。
JAEAは、米国との原子力研究協力の枠組みを活用し、米国エネルギー省アイダホ国立研究所の試験炉で、2024年4月以降、「Crコーティングジルカロイ」と「SiC/SiC複合材」の高温・高圧下での放射線照射試験を進めており、2025年4月以降に「FeCrAl-ODS」で同様の放射線照射試験を開始する計画である。
この3種類のATF材料の放射線照射による材料劣化の程度を確認し、安全性と経済性の観点から実用化に向けて比較検討を加える。
2024年12月、政府は2025年3月にも、東北大学内に事故耐性燃料(ATF)の研究拠点の新設を公表した。資源エネルギー庁が2024年度までの3年間で計約1.1億円を投じ、JAEAに研究拠点の新設を委託した結果、東北大学「先端量子ビーム科学研究センター」内に設置することが決定した。
JAEAはセンター内で、高温・高圧下の原子炉の状況を再現した装置を整備する。この装置では燃料被覆管と同じ材料の小片に放射線を照射し、材料の劣化や腐食の進み具合などを調べる。最初の試験データは、2025年度内に得られる予定である。
国内唯一の材料試験炉「JMTR」は廃炉作業中で、政府は米国の試験炉を積極活用してATF開発を加速させる方針であった。しかし、米国側の都合に左右されやすいため、米国での照射試験と並行して、国内でも照射試験を進める。これにより、2035年以降としている原発へのATF導入を早める。
政府が事故耐性燃料(ATF)の研究拠点を新設する狙いは、他国に依存せずに独自の原子力技術を発展させることにある。世界的に脱炭素の安定的なエネルギー源として原発回帰の潮流があり、ATF開発技術の国産化が進めば、日本の原子力分野での国際的な競争力向上にもつながる。
ATF開発の現状とまとめ
2011年3月の福島第一原発事故を発端に、翌年、米国議会がエネルギー省に事故時の水素発生を抑制する事故耐性燃料(ATF)の開発を指示した。また、2022年2月には欧州委員会が、EUタクソノミーの中でATFの装荷を適合条件の一つとするなど、ATFの実用化が急務となっている。
現行の軽水炉用核燃料は、二酸化ウラン(UO2)燃料ペレットをジルコニウム合金(ジルカロイ)で被覆している。米国原子力規制委員会は、近い将来のATF被覆管として、「Crコーティング・ジルカロイ」、「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」、長期的なATF被覆管として「SiC/SiC複合材」に絞込みを表明している。
国内でもATF被覆管は、三菱重工業がPWR向けに物理蒸着法(PVD)による「Crコーティング・ジルカロイ」、日立GEニュークリア・エナジー他がBWR向けに「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」と「SiC/SiC複合材」、東芝エネルギーシステムズがPWR/BWR向けに「SiC/SiC複合材」の開発を進めている。
現行のジルカロイ被覆管の外表面にクロム(Cr)をコーテイングする「Crコーティング・ジルカロイ」は、短期的な開発概念と位置付けられており、今後、実用化に向けた許認可のためのデータ収集が必要となる。
一方、「SiC/SiC複合材」は、その製造プロセスと耐環境コーテイング技術について、経済性を中心に多くの開発課題が残されており、長期的な開発概念と位置付けられている。
特に、耐環境コーティング技術は腐食環境の厳しいBWRでは必須であり、現在検討されている化学蒸着法(CVD)、物理蒸着法(PVD)、溶射法(LPS、CS)などからの最適プロセスの選択、コーティング条件の最適化などの開発課題が残されている。
現在、開発が進められている事故耐性燃料(ATF)の主体は、過酷事故(Severe accident)を本質的に防ぐものではない。福島第一原発事故を顧みて、ジルカロイ燃料被覆管に起きた事象を遅らせる対策であることを忘れてはならない。
今後、この遅らせる効果を定量的に把握し、耐環境コーティング開発に反映させる必要がある。加えて、燃料自体に課せられた「燃料中心温度の低下や、放射性物質の保持性能を向上させる」概念の開発についても海外燃料メーカーの情報収集に基づく開発加速が重要である。
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