2011年3月、東京電力福島第一原子力発電所では、東日本大震災の津波を受けて「炉心溶融」という重大事故(SA:Severe Accidentt)を引き起こした。原子炉建屋の一部が水素爆発で吹き飛び、多量の放射性物質を大気中に放出した。今でも損傷した炉心の冷却を続けており、高レベル汚染水を排出し処理を続けている。
このような重大事故を二度と起こさないために、各国ではプラントメーカーと協力して様々な安全対策を打ち出し研究開発を進めている。中でも、「事故耐性燃料(ATF:Accident Tolerant Fuel)」の開発は世界的なトレンドとなり、2030年以降の早期実現をめざして開発が進められている。
福島第一原発事故の経緯
各国で政府や原子力プラントメーカーが中心となり様々な安全対策を打ち出しているが、「福島第一原子力発電所」で起きた事故の経緯を再確認してみよう。
以下に、経済産業省が公表している「福島第一原子力発電所」で起きた事故の経緯をまとめる。
2011年3月の東日本大震災の津波により、福島第一原発では原子炉冷却機能が喪失して炉心への注水が停止した。これにより原子炉は空焚きの状態となり、炉心圧力と炉心燃料温度の上昇が始まった。
「冷却材喪失事故(LOCA:Loss Of Coolant Accident)」の設計基準である1200℃を超えて、燃料温度は上昇した。そのため燃料被覆管のジルコニウム合金(ジルカロイ)と水蒸気が酸化発熱反応を起こし、多量の水素発生が引き起こされた。
さらに炉心燃料の過熱は進み、「炉心溶融(ステンレス鋼の融点:1450℃、ジルカロイの融点:1760℃)、ウラン燃料(UO2)の融点:2850℃」が始まる。溶融した燃料は圧力容器を溶かして格納容器内に漏れ出し、多量の放射性物質が格納容器内にも放出された。
圧力を下げるため「格納容器ベント」が行われ、大気中に多量の放射性物質を含む蒸気が放出された。また、炉心損傷の影響で高温・高圧状態になった格納容器は閉じ込め機能が劣化し、格納容器から放射性物質や水素が原子炉建屋に漏れ出た。滞留した水素により1、3、4号機では水素爆発が発生した。
一方、冷却のために原子炉内に注水が行われたが、圧力容器や格納容器から漏れ出て、多量の放射性物質を含む「高レベル汚染水」となり、原子炉建屋地下やタービン建屋地下に滞留し、一部は海洋へ流出した。

原発の安全研究開発とは
「福島第一原子力発電所」で起きた重大事故を二度と起こさないため、2015年6月に経済産業省は「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」を策定し、規制基準以上の更なる安全性向上をめざし、公的研究機関やプラントメーカーの革新的安全性向上技術の実装・開発を継続支援している。
代表例として、自然災害やテロに強い高い安全性を有する「革新的軽水炉」の開発、事故時に水素発生を抑制する「事故耐性燃料」の開発、事故時に放射性物質の放出を防ぐ「放射性ガス処理技術」の開発、また、既存原子力発電所の長期安全運転を可能とする「高経年化対策技術」の開発などがあげられる。

中でも、重大事故発生時の「炉心温度の上昇」や「水素発生量の低減」を可能とする「事故耐性燃料(ATF:Accident Tolerant Fuel)」の開発は、実現可能性の高い技術として世界的なトレンドとなっている。
国内では、「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けて、既存の原子力発電所(軽水炉)の活用が不可欠との認識が高まる中で、「事故耐性燃料(ATF)」の導入意義は極めて高いと考えられている。
すなわち、事故耐性燃料(ATF)は現行の核燃料に比べて耐熱性を高めることで、炉心溶融(メルトダウン)の進行を数十分~数時間程度遅らせ、事故時に核燃料を冷やす時間を稼ぐ狙いである。また、多量の水素発生を抑制できれば、水素爆発の危険性を大幅に低減することができる。
しかし、福島第一原発事故の直後に検討された事故耐性燃料(ATF)の概念は、核燃料そのものにも及ぶ抜本的な安全研究開発を念頭に置いていた。
軽水炉用の核燃料とATF概念について
PWRとBWRの燃料の違い
核分裂反応で発生する熱エネルギーを水(軽水)で取り出して発電するのが軽水炉である。国内では「沸騰水型軽水炉(BWR)」と「加圧水型軽水炉(PWR)」の2種類が稼働しており、それぞれ運転条件と水質環境が大きく異なる。
沸騰水型軽水炉(BWR)の運転条件は、圧力:8MPa、炉心温度:280℃である。原子炉圧力容器内で冷却水が直接に蒸気に変化されるため蒸気と高温水が混在する二相状態にあり、燃料棒は苛酷な「高温酸化雰囲気」にさらされる。
一方、加圧水型軽水炉(PWR)は、原子炉圧力容器内で一次冷却水の沸騰を抑えるため圧力:15MPa、炉心温度:350℃と高めである。しかし、高温水のみの単相状態にあり、通常、燃料棒は「高温還元雰囲気」にさらされる。同じ軽水炉でも炉心環境の過酷さには大きな違いがある点に注目する必要がある。
BWRとPWRの燃料棒は、二酸化ウラン(UO2)を1800℃で焼き固めた燃料ペレットを、ジルコニウム(Zr)に錫(Sn)や鉄(Fe)などを添加した合金であるジルカロイ(Zircalloy)製の燃料被覆管内に挿入されている。ただし、BWRでは蒸気と水の流れを整えるため、燃料集合体はチャンネルボックスで囲われている。
この「ジルカロイ製燃料被覆管」は、耐食性と耐熱性に優れ、十分な強度と延性を有している。実際に、軽水炉条件下での腐食試験や放射線照射試験が行われて耐性が確認され、核分裂に必要な熱中性子吸収断面積が小さいため経済性も良好であり、1970年代以降の軽水炉に適用されてきた。

事故耐性燃料(ATF)の基本概念とは
福島第一原発事故の経緯から、燃料被覆管には「高温水や水蒸気との酸化発熱反応が起き難い材料として水素発生速度を遅らせ、より耐熱性に優れた材料とする」こと、燃料自体にも「燃料中心温度の低下や、放射性物質の保持性能を向上させる」ことが、事故耐性燃料(ATF)の基本概念として提案された。
2018年、経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA)の軽水炉に関するATF専門家グループ(EGATFL)による会合(2014~2017年)で、ATF候補概念が検討され候補材料が示された。(State-of-the-Art Report on Light Water Reactor Accident Tolerant Fuels, NEA No.7317, © OECD 2018.)

「燃料被覆管」には、高温水蒸気への酸化耐性向上の観点から、①金属クロム(Cr)等でコーティングしたジルカロイ、②酸化物分散型の鉄(Fe)-クロム(Cr)-アルミニウム(Al)改良ステンレス鋼、③高融点金属のモリブデン(Mo)合金、④先進セラミックスのシリコンカーバード(SiC)/シリコンカーバイド(SiC)複合材料があげられた。
その理由は、①Crコーティング、②FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼、④シリコンカーバード(SiC)は、現行ジルカロイに比べ、高温水蒸気酸化の速度定数は2桁程度小さいためである。例えば、1200℃の速度定数は、SiO2<Al2O3<Cr2O3<ZrO2の順である。

出典:Terrani et al, JNM, 501 (2018) 13-30
「被覆管以外の非燃料部材」には、①BWR炉心ではSiCチャンネルボックスの採用、②過酷事故時の再臨界発生の可能性低減が期待できる「事故耐性制御棒」が、将来の実用化概念としてあげられた。
「燃料」については、現行燃料をベースに放射性物質の保持性能などを高めた①酸化物ドープ・ウラニア(UO2)、②高熱伝導度ウラニアや、実績は乏しいが燃料中心温度を下げ、放射性物質の保持性能を高める可能性から③高密度燃料、④被覆燃料があげられた。
また、2022年には、OECD/NEAによるのATFの専門家グループ(EGATFL)により、ATF設計への核燃料安全基準の適用可能性の検討結果が報告された。(Applicability of Nuclear Fuel Safety Criteria to Accident-Tolerant Fuel Designs, NEA No. 7576, OECD 2022.)
この報告書では、多数の先進的な燃料設計と被覆材料を調査した結果、配備される可能性が最も高い ATF概念として、燃料被覆管は「Crコーティング・ジルカロイ」、「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」、「SiC/SiC複合材料」、燃料ペレットは「酸化物ドープ・ウラニア」、「ケイ化ウラン(U3Si2)」への絞込みが示された。
また、既存の燃料設計、性能要件、核安全基準に大きな影響を及ぼさない「Crコーティング・ジルカロイ」と「酸化物ドープ・ウラニア」は短期的なATF概念とし、「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」、「SiC/SiC複合材料」、「ケイ化ウラン(U3Si2)」は、長期的なATF概念と位置付け、各ATF概念の評価結果を示している。

ただし、技術の準備レベルは1~9まであり、9は日常的な商業規模の運用と定義している。
報告書で示された新現象や課題:
■「Crコーティング・ジルカロイ」は、通常運転中に冷却材から被覆表面を通って基材に水素が拡散する可能性がある。事故条件下では界面でジルコニウム-クロム共晶反応が起こり、基材にクロムが拡散する可能性などがある。
■「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」は、通常運転中にクロムを多く含む粒子の沈殿により脆化し、事故条件下では加熱速度が速いため酸化物が不安定になりやすい可能性などがある。
■「SiC/SiC複合材料」は、通常運転中に化学的適合性の問題や溶解が発生し、重大事故条件下ではメタンや一酸化炭素(CO)が発生する可能性がある。
■「酸化物ドープ・ウラニア」では、新しい現象は確認されなかったが、「ケイ化ウラン(U3Si2)」は水や蒸気と激しい発熱反応を示すことが明らかとなった。
海外におけるATFの開発動向
現行のジルカロイ被覆燃料棒に比べて耐熱性に優れた事故耐性燃料(ATF)は、水素爆発や炉心溶融など過酷事故の発生・拡大を抑える効果が期待できる。そのため、既に米国では商用炉を用いた照射試験が行われており、中国、ロシア、フランス、韓国なども開発に乗り出している。
2024年12月には、東京大学および日本原子力研究開発機構(JAEA)主催の「事故耐性燃料開発に関するワークショップ」が開催され、世界各国で開発されているATF概念が紹介された。(Simone Massara, Technical Meeting on the Licensing of Advanced Nuclear Fuels for Water Cooled Reactors, October 2021)
短期的なATF概念として、燃料被覆管に「Crコーティング・ジルカロイ」、燃料ペレットに「酸化物ドープ・ウラニア」、長期的なATF概念として、燃料被覆管に「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」、「SiC/SiC複合材料」、燃料ペレットに「窒化ウラン(UN)」、「ケイ化ウラン(U3Si2)」があげられている。

先行する米国のATF開発動向
2024年6月、米国原子力規制委員会(US NRC)では、短期的なATF概念として燃料被覆管に「Crコーティング・ジルカロイ」、「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」、燃料ペレットに「酸化物ドープ・ウラニア」をあげて発電コストを低減するために、燃料の濃縮度と燃焼の増加が検討されている。
長期的なATF概念として産業界が提案するのは、燃料被覆管に「SiC/SiC複合材料」、燃料ペレットに「窒化ウラン(UN)」、「押し出し金属燃料」などをあげているが、NRCでの安全性評価のためには新たにデータ収集を行う必要があり、実装は何年も先のこととしている。
■「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」は、過去40年間ジルカロイの代替材料として、オークリッジ国立研究所とGlobal Nuclear Fuel–Americasにより開発されてきた。通常運転時の腐食性能向上と高温水蒸気酸化の改善が期待され、米国の発電用原子炉に挿荷されて照射試験が行われている。
■「SiC/SiC複合材料」は、SiC繊維の織物にSiCを含浸させてチューブを製造する技術が、Framatome、Westinghouse、General Atomicsにより開発されてきた。耐熱性(昇華温度:2545℃)が極めて高く、高温水蒸気酸化の改善が期待される。製造面ではSiCチューブの端部封止が開発課題である。
■「窒化ウラン(UN)」は、Westinghouseとアイダホ国立研究所が開発しており、ウラン密度の増加による高出力化、高熱伝導率による燃料中心温度の低下が期待される。もともと、「ケイ化ウラン(U3Si2)」の開発を進めていたが、出力増加に適さないとして窒化ウランに方針転換した。
■「押し出し金属燃料」は、Lightbridgeによりジルカロイ被覆管内にジルコニウム-ウラン母相の押し出し金属を組み込む新燃料が開発されてきた。高出力化、高熱伝導率による燃料中心温度の低下、放射性物質の保持性能の向上が期待されるが、ウラン密度が低いため最大19.8%のU-235濃縮が必要となる。

2024年2月、米国GEベルノバは、傘下のグローバル・ニュークリア・フュエル(GNF)が、ATF開発プログラムで実施した成果として、ウラン235の濃縮度8%までの燃料製造、輸送、挙動解析でNRCから認可を取得した。
現在、運転中の商業炉では濃縮度約4.8%までの低濃縮ウランが使用されている。濃縮度10%までの高濃縮度燃料(LEU+)では、既設原子炉の他、先進炉や小型モジュール炉(SMR)を含む次世代原子炉で、出力増強等による経済性向上が期待できる。
2024年7月、米国General Atomics Electromagnetic Systems(GA-EMS)は、米国エネルギー省(DOE)と契約して、PWR用に設計されたATF燃料被覆管「SiC/SiC複合材料」の製造技術を開発したと発表。
化学気相浸透法(CVI)による「SiGA®クラッディング技術」では、6インチ(約15cm)から3フィート(約91cm)の短い長さの試験体で特性評価を実施した後に、高さ10mの大型CVI装置により、12フィート(約3.66m)の長さのATF燃料被覆管の製造プロセス開発を進めてきた。

2024年8月、米ウェスチングハウスは、米原子力規制委員会(NRC)からATFであるEncore燃料の燃焼度制限引上げの承認を取得した。米国のPWRは現在18か月サイクルで運転されており、この高燃焼度燃料によって供給バッチサイズを小さくすることが可能で、燃料サイクルの経済性が改善される。
米国で初めて62,000MWd/tの燃焼度制限を超えた燃料装荷が可能となり、将来的には24か月サイクル運転が期待される。Encore燃料のSiC被覆管は融点が極めて高く(2,800℃以上)、水との反応が少ないため過酷事故条件下で画期的な安全性を発揮する。
2024年10月、仏フラマトムは、同社の改良型事故耐性燃料(Enhanced Accident Tolerant Fuel: E-ATF)を使用した燃料集合体(LFA)が、米国A.W.ボーグル原子力発電所の2号機(PWR、122.9万kWe)で18か月間の運転サイクルの最終の3回目を完了し、優れた性能を示したと公表した。
LFAは、米国エネルギー省(DOE)の資金援助を受け、ワシントン州リッチランドにあるフラマトムの燃料製造施設でPWR用に製造された。同社製の最新鋭ジルカロイ合金製被覆管「M5」に先進的なクロムコーティングを施し、クロミア添加燃料ペレットを使用した4本の先行試験用の燃料棒が含まれる。
2024年12月、米国General Atomics(GA)は、アイダホ国立研究所(INL)でATF燃料被覆管「SiC/SiC複合材料」の非燃料サンプルで、初のPWR環境での放射線照射試験を完了した。耐熱性に優れた「SiGA®クラッディング」は、完全SiC接合プロセスで端部封止され、動作温度サイクルで優れた安定性が確認されている。
INLの先進試験炉では120日間の照射サイクル試験を完了し、試験に供した無燃料SiGA®ロッドレットのセットに構造的損傷、気密性、大幅な質量変化などの初期劣化は認められなかった。今後、追加の照射試験がINL、オークリッジ国立研究所(ORNL)、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究用原子炉で行われる。
GAでは無燃料の他、非ウラン燃料、ウラン燃料のSiGA®ロッドレットの照射実験も、INL、ORNL、MITの研究用原子炉で進めている。今後、全長12フィートのSiGA®ロッドレットの照射実験を商業用原子炉で行い、原子力規制委員会(NRC)のライセンス取得をめざす。2030年半ばの原子力艦隊への適用を念頭に置いている。
EUにおけるATF研究開発
2017年10月~2023年12月、欧州連合が資金提供する「HORIZON 2020」プログラムの「 IL TROVATORE)」プロジェクトにおいてATF研究開発が進められた。現有の軽水炉で使用するためのATF被覆管材料を特定し、放射線照射を伴うPWR環境での実用性を検証するのが目的である。
プロジェクトでは燃料被覆管「SiC/SiC複合材料」、「コーティング・ジルカロイ」、「表面改質ジルカロイ」、「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」の開発が進められた。
特徴的は、ジルカロイのコーティングに3元素系の窒化物・炭化物(MAX相)、ドープされた酸化物、工業用Crコーティング、表面改質に強力なパルス電子ビーム照射(GESAプロセス)を選択した点である。
現在は、2022年9月~2026年2月の計画で後継の「Horizon Scorpion」プロジェクトが進められている。「Horizon Scorpion」は、EU、英国、米国、日本、スイスなど16のパートナーが参加する国際共同プロジェクトで、革新的と考えられる長期的なATF概念の「SiC/SiC複合材料」の性能最適化に注力している。
すなわち、「SiC/SiC複合材料」の水熱腐食と放射線膨潤を制限するとともに、放射線照射下および高温酸化環境での安定性を向上させるために繊維/マトリックス界面の最適化を進めている。
その他、2023年に発行された国際原子力機関(IAEA)の技術資料(IAEA TECDOC SERIES、Status of Knowledge for the Qualification and Licensing of Advanced Nuclear Fuels for Water Cooled Reactors、IAEA-TECDOC-2032)では、各国のATF概念の研究開発の現状がまとめられている。
対象としているATF概念は、燃料被覆管向けの「Cr(CrAl)コーティング・ジルカロイ」、「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」、「SiC/SiC複合材料」、燃料ペレットむけの「酸化物(Cr2O3,Al2O3・Cr2O3)ドープ・ウラニア」、「高密度燃料」である。
その他の国々の動向
2024年8月、ロシア国営原子力企業のロスアトムは、ロシアのウドムルト共和国のグラゾフにあるロスアトムの燃料部門傘下のチェペツク機械工場において、スプレープロセスによるCrコーティング燃料被覆管の商業規模のパイロット生産を開始した。今後、燃料集合体を装荷してパイロット運転をする。
国内におけるATF開発動向
ATFの実用化開発は、欧米、特に原子力規制委員会も含めた米国の動きが飛び抜けている。また、国内には軽水炉環境を模擬した条件での照射試験ができないため、国内でATF燃料被覆管のサンプルを製造しているが、放射線照射試験は100%米国に依存しているのが現状である。
実際に、2017年度には米国オークリッジ国立研究所(ORNL) の HFIR (High Flux Isotope Reactor) で、「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」の材料照射試験を実施した。2024年度には,米国アイダホ国立研究所(INL)のATR(Advanced Test Reactor)で、「Crコーティング・ジルカロイ」の低燃焼度照射試験が完了した。
また、2024年度から、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究用原子炉(MITR)で、「SiC/SiC複合材料」のBWR水質環境下における放射線照射試験を開始する。
その他、設計基準事故や設計基準を超える事故シナリオにおけるATF被覆管の化学的、機械的、熱水力挙動を調査することを目的とするOECD/NEAの国際プロジェクト(QUENCH-ATFプロジェクト)には、日本代表として日本原子力研究開発機構(JAEA)が参画して情報収集を進めている。

2019年度から、国内の原子力メーカー3社が経済産業省からの補助を受けて、ATFの要素技術開発を進めている。①三菱重工業によるPWR向け燃料被覆管「Crコーティング・ジルカロイ」の開発、②日立GEニュークリア・エナジー/グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン/日本核燃料開発によるBWR向け「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」と「SiC/SiC複合材料」の開発、③東芝エネルギーシステムズによるPWR/BWR向け「SiC/SiC複合材料」の開発である。
①三菱重工業によるPWR向け燃料被覆管「Crコーティング・ジルカロイ」の開発
PWR向けの燃料被覆管「Crコーティング・ジルカロイ」の開発は、2019年度に経済産業省からの補助を受けて開始された。現行のジルカロイ燃料被覆管の表面に耐酸化特性に優れたCrコーティングを施すため、短期で実現可能な概念と位置付けられている。
三菱重工業では物理蒸着法(スパッタリング法)を用いて、ジルカロイ燃料被覆管の外表面に約10㎛のCrコーティング技術を開発し、事故耐性効果の確認のための冷却材喪失事故(LOCA)の模擬試験や、解析コードを用いた大破断LOCA解析などを実施している。
LOCA時を模擬した1200℃高温水蒸気条件の酸化試験では、Cr コーティングによりジルカロイの酸化反応が50分程度抑制された。また、最高温度1200℃でのLOCA時に生じる燃料被覆管破裂と高温酸化及び急冷事象を模擬した試験でも、Cr コーティングによりジルカロイの延性が維持されて折損しないことが確認された。
また、PWR の通常運転時の水質を模擬した腐食試験では、通常運転時の冷却材温度よりも高い360℃で、延べ335日の加速試験を実施した結果でも、Cr コーティング燃料被覆管では有意な腐食量の増加は認められていない。

②日立GEニュークリア・エナジー/グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン/日本核燃料開発によるBWR向け「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」と「SiC/SiC複合材料」の開発
日立GEニュークリア・エナジー他によるBWR向けの燃料被覆管については、「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」と「SiC/SiC複合材料」の2種類のATF開発が進められている。
アルミナ保護被膜の形成で事故耐性に優れる「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」の開発は、文部科学省の原子力システム研究開発事業(2013~2016年)に始まる。2019年度に経済産業省から補助を受け、長さ:4m超の燃料被覆管の製造技術と端栓の密封・接合技術の開発と、材料データ収集が行われている。
「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」では、引張強度に及ぼす放射線照射の影響、BWR環境(290℃高温純水中)での腐食挙動評価、応力腐食割れの評価が行われた。また、改良ステンレス鋼は熱中性子吸収断面積が大きいため、0.3~0.4mmと現行の半分に薄肉化した被覆管の座屈強度評価が行われている。
最高温度1300℃でのLOCA時に生じる燃料被覆管破裂と高温酸化及び急冷事象を模擬した試験でも、被覆管の脆化は認められず、現行被覆管よりも高い耐バースト性能が確認されている。
「SiC/SiC複合材料」では、BWRの通常運転時に問題となる冷却水中へのSi溶出抑制の耐環境コーティング技術に取り組み、チタン(Ti)コーティングSiC被覆管からの水素ガス発生量は、コーティングなしのSiC被覆管と比べてわずかに増加するが、ジルカロイ被覆管と比べると94%減少する解析結果が得られた。
また、SiC被覆管の反応熱による温度上昇は現行のジルカロイ被覆管と比べて小さく、事故時の水素ガス発生量の低減に寄与することを解析により確認している。

③東芝エネルギーシステムズによるPWR/BWR向け「SiC/SiC複合材料」の開発
東芝エネルギーシステムズは、2012年から文部科学省、経済産業省の補助を受けて”BWR/PWR向け燃料被覆管”とBWRに使われる”チャンネルボックス”について、「SiC/SiC複合材料」のATF開発を進めている。
「SiC/SiC複合材料」の製造プロセスは、SiC長繊維をチューブ形状に編み上げ、その間隙を埋める高密度化処理を化学気相浸透法(CVI)、外表面に耐環境性向上に化学気相蒸着法(CVD)でSiCコーティングする。
既に、SiC被覆管(長さ:1.5m)やSiCチャンネルボックス(長さ:1m)の製造プロセスを開発しており、SiC接合による端部封止技術も開発している。また、X線コンピュータ断層撮影(X線CT)や超音波探傷試験(UT)など部品検査技術の開発も並行して進めている。
また、SiC被覆管自体については引張強度などの機械特性評価、SiCチャンネルボックスの熱衝撃試験(大気中1200℃から水中投下)などで健全性を確認している。
過酷事故を模擬した高温水蒸気酸化試験や、PWR(330℃、18.5MPa、DO3ppm)/BWR(290℃、8MPa、DO8ppm)環境を模擬した腐食挙動評価から、PWR環境に比べ溶存酸素濃度(DO)が高くて腐食の厳しいBWR環境でも耐える耐環境性コーティング技術(CVD法によるSiCコーティング)を確立している。
今後、燃料被覆管やチャンネルボックスの長尺化(4m超)製造技術の構築、放射線の照射試験データの拡充、並行してSiC/SiC複合材料に適した検査技術の開発を進めて適用可能性を実証する。

政府の開発方針
2024年9月、原子力発電所の重大事故に備え、政府は2025年4月にも、新型の「事故耐性燃料(ATF)」の開発に向けた技術試験を本格化させると発表した。燃料被覆管を改良し、米国の試験炉を使って放射線の照射試験を進め、2035年以降を目途に国内の原発への導入をめざす。
資源エネルギー庁は、2024年度までの10年間で39億円の予算を投じて日本原子力研究開発機構(JAEA)に研究開発を委託しており、三菱重工業、東芝エネルギーシステムズ、日立GEニュークリア・エナジーの3社と共同で開発に取り組んでいる。
JAEAは、米国との原子力研究協力の枠組みを活用し、米国エネルギー省アイダホ国立研究所の試験炉で、2024年4月以降、「Crコーティングジルカロイ」と「SiC/SiC複合材」の高温・高圧下での放射線照射試験を進めており、2025年4月以降に「FeCrAl-ODS」で同様の放射線照射試験を開始する計画である。
この3種類のATF材料の放射線照射による材料劣化の程度を確認し、安全性と経済性の観点から実用化に向けて比較検討を加える。
2024年12月、政府は2025年3月にも、東北大学内に事故耐性燃料(ATF)の研究拠点の新設を公表した。資源エネルギー庁が2024年度までの3年間で計約1.1億円を投じ、JAEAに研究拠点の新設を委託した結果、東北大学「先端量子ビーム科学研究センター」内に設置することが決定した。
JAEAはセンター内で、高温・高圧下の原子炉の状況を再現した装置を整備する。この装置では燃料被覆管と同じ材料の小片に放射線を照射し、材料の劣化や腐食の進み具合などを調べる。最初の試験データは、2025年度内に得られる予定である。
国内唯一の材料試験炉「JMTR」は廃炉作業中で、政府は米国の試験炉を積極活用してATF開発を加速させる方針であった。しかし、米国側の都合に左右されやすいため、米国での照射試験と並行して、国内でも照射試験を進める。これにより、2035年以降としている原発へのATF導入を早める。
政府が事故耐性燃料(ATF)の研究拠点を新設する狙いは、他国に依存せずに独自の原子力技術を発展させることにある。世界的に脱炭素の安定的なエネルギー源として原発回帰の潮流があり、ATF開発技術の国産化が進めば、日本の原子力分野での国際的な競争力向上にもつながる。
ATF開発の現状とまとめ
2011年3月の福島第一原発事故を発端に、翌年、米国議会がエネルギー省に事故時の水素発生を抑制する事故耐性燃料(ATF)の開発を指示した。また、2022年2月には欧州委員会が、EUタクソノミーの中でATFの装荷を適合条件の一つとするなど、ATFの実用化が急務となっている。
現行の軽水炉用核燃料は、二酸化ウラン(UO2)燃料ペレットをジルコニウム合金(ジルカロイ)で被覆している。米国原子力規制委員会は、近い将来のATF被覆管として、「Crコーティング・ジルカロイ」、「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」、長期的なATF被覆管として「SiC/SiC複合材」に絞込みを表明している。
国内でもATF被覆管は、三菱重工業がPWR向けに物理蒸着法(PVD)による「Crコーティング・ジルカロイ」、日立GEニュークリア・エナジー他がBWR向けに「FeCrAl(-ODS)改良ステンレス鋼」と「SiC/SiC複合材」、東芝エネルギーシステムズがPWR/BWR向けに「SiC/SiC複合材」の開発を進めている。
現行のジルカロイ被覆管の外表面にクロム(Cr)をコーテイングする「Crコーティング・ジルカロイ」は、短期的な開発概念と位置付けられており、今後、実用化に向けた許認可のためのデータ収集が必要となる。
一方、「SiC/SiC複合材」は、その製造プロセスと耐環境コーテイング技術について、経済性を中心に多くの開発課題が残されており、長期的な開発概念と位置付けられている。
特に、耐環境コーティング技術は腐食環境の厳しいBWRでは必須であり、現在検討されている化学蒸着法(CVD)、物理蒸着法(PVD)、溶射法(LPS、CS)などからの最適プロセスの選択、コーティング条件の最適化などの開発課題が残されている。
現在、開発が進められている事故耐性燃料(ATF)の主体は、過酷事故(Severe accident)を本質的に防ぐものではない。福島第一原発事故を顧みて、ジルカロイ燃料被覆管に起きた事象を遅らせる対策であることを忘れてはならない。
今後、この遅らせる効果を定量的に把握し、耐環境コーティング開発に反映させる必要がある。加えて、燃料自体に課せられた「燃料中心温度の低下や、放射性物質の保持性能を向上させる」概念の開発についても海外燃料メーカーの情報収集に基づく開発加速が重要である。