原発政策の方針転換の始まり
岸田政権が今夏の電力需要ひっ迫を契機として、突然に原発稼働の方針を打ち出した。その後、従来の原発政策を一転させ原発の再稼働の加速、新増設や建て替え、次世代革新炉開発の検討を表明した。本当に、原発の再稼働が最近の電力ひっ迫対策として有効なのかを順を追って探ってみる。
電力需要ひっ迫と原発再稼働
この冬に向けて最大9基の可動
2022年7月14日、電力需要ひっ迫に備え、岸田首相は記者会見で「私から経済産業相(萩生田)に対しできる限り多くの原発、この冬でいえば最大9基の稼働を進め、日本全体の電力消費量の約1割に相当する分を確保するように指示した」と述べた。
「政府関係者によると、再稼働を見込むのは、定期検査などで停止している関西電力の美浜原発3号機と大飯原発4号機、高浜原発3、4号機(以上、福井県)、九州電力玄海原発3号機(佐賀県)の5基。現在稼働中の関西電力大飯原発3号機(福井県)、四国電力伊方原発3号機(愛媛県)、九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)の4基の利用も想定している。」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/189630
この時点では、既に再稼働済みの原発10基のうち、定期点検などで停止している原発5基と現在稼働中の4基を合わせた9基とのことで、原発の再稼働を加速する発言ではなかった。
来夏以降に向けた原発の更なる再稼働
2022年8月12日、第2次岸田内閣の経済産業相(西村)が、今冬に向け「原発の最大9基の稼働を確保できるよう着実に取り組みたい」、来夏以降に向け「原発の更なる再稼働が重要だ」との認識を示し、再稼働の地元同意には「国も前面に立って理解、協力を得られるよう粘り強く取り組む」と発言した。
小型モジュール炉(SMR)などの次世代の原子力発電所のあり方についても言及し、「研究開発、人材育成、原子力サプライチェーンの維持強化など将来を見据えた取り組みもしっかり進めたい」と述べた。一方で、新増設は「想定していない」と従来の政府方針を引き継いだ。
原発10基に加え、来夏以降に追加で7基の再稼働
2022年8月24日、化石燃料中心の経済・社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体の変革、すなわちGX(グリーントランスフォーメーション)を実行するための施策検討の第2回GX実行会議(議長:岸田首相、GX実行推進担当大臣:西村経済産業相)が開催された。
会議は、西村GX実行推進担当大臣より「日本のエネルギーの安定供給の再構築」について原子力政策の今後の進め方などについて説明が行われた後、これについて有知識者から意見が出され、最後に報道関係者を入れて岸田首相が発言することにより締めくくられた。
報道によれば岸田文雄首相は第2回GX会議で「これまでに再稼働した原発10基に加え、来夏以降に追加で7基の再稼働を進める方針」を表明し、「国が前面に立ってあらゆる対応をとっていく」と強調したと報じられた。この時点で、原発の再稼働に政府方針が切り替わったのである。
別の詳細な報道によると「政府が再稼働を目指す方針の7基は、東北電力女川原発2号機(宮城県)、東京電力柏崎刈羽原発6号機、7号機(新潟県)、日本原子力発電東海第二原発(茨城県)、関西電力高浜原発1号機、2号機(福井県)、島根県にある中国電力島根原発2号機(島根県)で、いずれも、規制委員会の審査に合格している。このうち、高浜原発2基はテロ対策に必要な施設の完成後に1号機が来年6月、2号機が来年7月に再稼働を計画している。また、安全対策工事を終える必要がある島根原発2号機の再稼働は今年度中の工事完了後、女川原発2号機の再稼働は再来年2月を計画している。
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20220824/1000084024.html
一方で、柏崎刈羽原発は昨年、テロ対策上の重大な不備が相次いで発覚し、原子力規制委員会による検査が現在も継続している。東海第二原発は、安全対策工事を再来年9月に終える予定であるが周辺自治体の避難計画の策定が終わっておらず、再稼働の時期が見通せない状況である。いずれも地元から再稼働の同意は得られていない。」
また、岸田首相は従来の方針を一転し、原発の新増設や建て替え、次世代革新炉の開発についても年末までに具体的な結論を出せるよう、検討の加速を指示した。加えて、原則40年、最長60年としてきた原発の運転期間の延長も検討し、活用を推進する方針であると報じられた。
●第2回GX実行会議における岸田首相の原子力政策関連の発言
電力需給逼迫という足元の危機克服のため、今年の冬のみならず今後数年間を見据えてあらゆる施策を総動員し不測の事態にも備えて万全を期していきます。特に、原子力発電所については、再稼働済み10基の稼働確保に加え、設置許可済みの原発再稼働に向け、国が前面に立ってあらゆる対応を採ってまいります。
GXを進める上でも、エネルギー政策の遅滞の解消は急務です。本日、再エネの導入拡大に向けて、思い切った系統整備の加速、定置用蓄電池の導入加速や洋上風力等電源の推進など、政治の決断が必要な項目が示されました。併せて、原子力についても、再稼働に向けた関係者の総力の結集、安全性の確保を大前提とした運転期間の延長など、既設原発の最大限の活用、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設など、今後の政治判断を必要とする項目が示されました。
これらの中には、実現に時間を要するものも含まれますが、再エネや原子力はGXを進める上で不可欠な脱炭素エネルギーです。これらを将来にわたる選択肢として強化するための制度的な枠組、国民理解を更に深めるための関係者の尽力の在り方など、あらゆる方策について、年末に具体的な結論を出せるよう、与党や専門家の意見も踏まえ、検討を加速してください。
2022年6月の電力需要ひっ迫とは
電力需要ひっ迫の原因は何か?
翌日(2022年8月25日)、今夏に起きた電力需要ひっ迫の原因について、経済産業省第30回総合資源エネルギー調査会電力・ガス分科会原子力小委員会が開催された。図2に提出された資料を示す。
すなわち、図3で示すように6月にしては異例の暑さ(異常気象)となり電力需要の増大が生じ、6月27日の最大需要電力は5,254万kWを記録した。過去10年間の6月における最大需要電力の4,727万kWを1割以上も上回る異例の高水準であった。
一方で、この6月には夏の電力需要期(7,8月)に向けて補修点検のため多くの火力発電所が停止していたのである。今回、ひっ迫注意報を発令した6月には2,000万kW弱の補修計画が予定されていた。
電力需要の高まる夏季(7、8、9月)に備えて補修点検を端境期(4、5、6月)に集中的に実施するのは定例であるが、今夏は早くも6月に異例の暑さがやってきたのである。近年は異常気象が頻発する傾向にあり、異常事態に対応できる仕組みを作っておく必要を痛感する。同じことを繰り返さないために。
電力会社のひっ迫時の対応は?
電力会社は、①運転中の火力発電所や自家発電所の出力増加、②補修点検中の発電所の再稼働、③東北地方や中部地方からの電力融通を実施した。しかし、これらの施策では十分でないと判断し、国による東京エリアへの電力需給ひっ迫注意報の発令(6月26日~6月30日まで継続)に至ったのである。
その後、休止火力発電所の運転再開(追加供給力公募)等により、7月の東京エリアを含む東北から九州エリア全域の予備率は3.7%に改善された。(最低限必要な予備率は3%とされる)
原発の再稼働との関係は?
直接にデータなどによる説明はなかったが、第30回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 原子力小委員会では、資源エネルギー庁より、原⼦⼒⼩委員会の中間論点整理(案)が報告された。
内容は電力需要ひっ迫に関連するものではなく、原子力発電の将来を危機を憂い、その必要性を訴えるものであった。具体的な方針や施策を提案するものでないため、主要な表現を抜き出して次に示す。
●多くの企業等が、「中長期的な事業の予見性」を持てないまま、将来を見据えた設備投資や人材投資に踏み切れない状況が続き、将来の選択肢としての 原子力は危機に瀕しているのではないか。
●各国は、世界の原子力伸張を見据え、自国のエネルギー安全保障強化や グローバル市場の獲得に向けて、革新炉開発の支援にリソースを投下。
●世界で原子力利用が伸張する中、各国は、研究開発への戦略的支援、国内市場での事業環境整備の双方を進めながら、内外一体の市場獲得による産業の維持・強化を進めつつある。
●原子力に対する不安が残る一方で、電力の安定供給に関する不安も高まりつつあり、年齢層等によって原子力に対する見方は様々に変化しつつある。 こうした実態を踏まえ、画一的な情報提供を超えて、コミュニケーションを 行う目的、対象の整理・明確化を行うことが必要ではないか。
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/genshiryoku/pdf/030_04_00.pdf
原発再稼働は遅れていない!
2021年10月、第6次エネルギー基本計画が閣議決定された。
原子力に関する対応は、「東京電力福島第一原子力発電所事故を経験した我が国としては、安全を最優先し、経済的に自立し脱炭素化した再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する」との方針のもと、「いかなる事情よりも安全性を全てに優先させ、国民の懸念の解消に全力を挙げる前提の下、原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める。国も前面に立ち、立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう、取り組む」として進められてきた。(第六次エネルギー基本計画から)
2012年に発足した原子力規制委員会は、福島第一原子力発電所事故の反省を踏まえ、環太平洋火山帯に位置して地震や火山、台風など自然災害が多い日本の原発の安全性確保のため「新規制基準」を策定して実施し、原子力村と揶揄された閉鎖的な組織からの脱却を目指して活動を行っている。
その結果、2030年度の野心的な目標である全発電電力量に占める原発比率20~22%に対して、2020年度で原発比率は4%である。既に、原発全33基中の10基を再稼働させ、定期点検や安全対策による停止状況を考慮すると、厳重な安全審査のもとで地元の理解を得ながら着実に再稼働は進められている。
また、再生可能エネルギーに関しては、2030年の野心的な全発電電力量に占める比率36~38%に対して、2020年度で20%(地熱および新エネ12%+水力8%)と飛躍的に増加していることは、図4からも明らかである。
実際に、電力需要ひっ迫が生じた6⽉27⽇〜7⽉1⽇の東京電⼒管内の発電量は、7割前後を⽕⼒発電が占める⼀⽅、揚水発電を含む⽔⼒、太陽光、風力など再生可能エネルギーが3割前後を占めていた。
一方で、明らかに遅れているのはCO2排出量の観点から削減が期待される火力発電である。2030年の目標であるLNGが20%、石炭19%、石油など2%に対して、2020年度でLNGが39%、石炭が31%、石油などが6%で、この10年間で削減はわずかである。
電力需要ひっ迫の隠れた原因
図4から明らかなように、日本における年間発電電力量は、2010年以降は微減傾向にある。これは民間における再生可能エネルギーの導入も影響しているが、実質的には企業を主体とした省エネ努力の結果と認識されている。この10年間は電力需要は増えていないのである。
この10年間に電力需要が増えていないのに、なぜ電力需要ひっ迫が起きたのか?
今夏は異常気象による気温上昇と、たまたま補修点検による火力発電所の停止時期が重なったのが電力需要ひっ迫の原因とされているが、隠れた原因としてに太陽光発電や風力発電など出力変動の大きい再生可能エネルギーが急増し、その出力変動分を主に火力発電によって調整している点があげられる。
出力変動が大きい再生可能エネルギーの導入に際しては、電力貯蔵システムの導入が不可欠である。しかし、新たな設備投資が必要なため大容量電力貯蔵システムの導入は遅れ、既存の火力発電と揚水発電により出力変動調整を行い、オーバーフローした再生可能エネルギーを電力会社は買い取らない。
再生可能エネルギーを急増させた分だけ出力変動調整用の火力発電を必要とする矛盾が、電力需要ひっ迫の隠れた原因である。定格出力で高い効率を出すよう設計された火力発電機器を使って、低効率となる出力変動運転や出番待ちの待機運転を行っている現状から、早急に脱する必要がある。
必要とされる容量に応じて、図5のように各種の電力貯蔵システムが開発されている。再生可能エネルギー向けの中小容量電力貯蔵システムとしては各種の蓄電池が、普及が遅れている大容量電力貯蔵システムには水素電力貯蔵、蓄熱発電などが期待される。
原発は電力需要ひっ迫対策?
答えは「NO」である。
原発は出力変動が苦手であり、ピーク需要対策に直接使うことはできない。すなわち、原発の再稼働を進めても、ベースロードとして一定出力の運転が増加することになる。そのため、原発が増えた分だけ、効率の悪い老朽火力の休廃止を加速することが可能になるという大きなメリットはある。
しかし、実際には原発が増えた分だけ、火力発電は削減されていない。これは再生可能エネルギーが急増しており、その出力変動分を火力発電で調整しているためである。さらなる再生可能エネルギーの増強、老朽火力の休廃止を進めるためには、大規模電力貯蔵システムの設置を加速する必要がある。
内閣官房では、化石燃料中心の経済・社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体の変革を実行するためGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議を開催している。電力需要ひっ迫対策として、是非とも大規模電力貯蔵システムの加速を議論して頂きたい。
電力貯蔵と送電網整備が急務
最近の電力需要ひっ迫の原因が原発の再稼働の遅れではないことから、再稼働を加速しても直接の問題解決には至らない。一方、現状のまま太陽光発電と風力発電を増加させると、出力変動調整用の火力発電の必要性がますます高まり、老朽火力の休廃止を進めれば再び電力需要のひっ迫を生じる。
出力変動の激しい太陽光発電や風力発電の導入・拡大を目指すためには、電力貯蔵システムあるいは電力会社間での需給調整のために送電網の整備を並行して進める必要がある。
第6次エネルギー基本計画では電力システム改革において、「再エネ導入拡大に向けて電力システムの柔軟性を高め、調整力の脱炭素化を進めるため、蓄電池、水電解装置などのコスト低減などを通じた実用化、系統用蓄電池の電気事業法への位置付けの明確化や市場の整備などに取り組む」としている。・・・・・・残念ながら、この施策が大幅に遅れている。
https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022005/20211022005-2.pdf
十年一昔、危機感の低下
原子力規制委員会は、福島第一原発事故の教訓を踏まえ、原発を推進する経済産業省から規制部門を切り離し独立性を高めるべく環境省の外局として発足。しかし、行政組織であることは間違いない。内閣府の意向「早期の再稼働」が伝われば、世界で最も厳しい新規制基準に変異が生じないだろうか?
読売新聞の社説(2022年8月27日)で「(原子力規制委員会は)厳格な審査を進めようとするあまり、社会から孤立した硬直な組織になっていないか。経済界や電力業界とコミュニケーションを図り、合理的、効率的な審査を目指してもらいたい」との評が掲載された。多くのマスコミの意見でもある。
「早期の再稼働」というプレッシャーを原子力規制委員会に与え続けることで、委員会の中で従来の許容度に微妙な変化が生じる。徐々に新規制基準違反の正当化が始まる可能性は無いだろうか?これが新基準となり、安全が最優先であったはずが、スケジュール最優先へとすり替わらないだろうか?
これまでも多くの大企業や組織の不正に関して、同様な問題が起きてきた。「三菱自動車のリコール隠し事件」「東芝不適切会計問題事件」「神戸製鋼データ改ざん事件」など、最初は微小であった不正が徐々に大きくなり組織内で常態化していく。空気を読み忖度が得意な国民性が、これを助長する。
原子力規制委員会には、いかなる事情よりも安全性を全てに優先させ、情報公開を基本として、今後も継続して原発事故で失墜した国民の信頼回復に努めてもらいたい。
電力安定供給の対策は?
電力需要のひっ迫は、年間を通して数日、あるいは一日を通して数時間の単位で起きる問題である。このピーク需要に合わせて全発電設備を整えると、年間あるいは一日を通して休止する発電設備が増えすぎるため、経済的には得策ではない。
そのため図6で示すように、電力需要の変化は主に火力発電の出力変動で対応している。加えて、出力変動の苦手な原子力発電や大型石炭火力発電については一定出力で運転し、需要の少ない夜間に揚水発電を使って蓄電を行い、昼間のピーク需要対策に使われてきた。
しかし、再生可能エネルギーの急増により現有の電力貯蔵システムである揚水発電では十分に処理できず、その出力変動調整用にも火力発電が対応しているのが現状である。
このような現状から、電力ひっ迫に対する目先の対策としては、電力需要者側が保有するエネルギーリソースを使い電力会社の供給状況に応じて、節電(図7の下げDR)などの電力調整を行うことで対価を得るデマンド・レスポンス(DR:Demand Response)の仕組みが有効である。
東京電力管内ではエネルックス・ジャパン、エナジープールジャパンなどが展開しているDR事業を加速・拡大する必要がある。電力ひっ迫時に節電要請を出すが、対価を準備することでより確実に電力調整を行うことが可能である。新たな発電設備導入の必要がないため、短期間での対策が可能である。
また、2020年7月、経済産業省が国内石炭火力発電所の140基を対象に、非効率発電所のうち100基程度を2030年までに段階的に休廃止する考えを示した。これを各電力会社に任せず、再生可能エネルギーの拡大状況とリンクして、政府が火力発電の休廃止を制御する仕組みを強化することが必要である。
安定供給に向けた将来構想
デマンド・レスポンス(DR)はピーク需要対策として大変に有効である。さらに、その延長上には仮想発電所(VPP:Virtual Power Plant)の概念があり、比較的短期間での対策が可能である。
このバーチャルパワープラント(VPP)とは、需要家側が保有するエネルギーリソース、太陽光発電などの発電設備、電気自動車などの小型蓄電設備を統合して制御することで、発電所と同等の機能を提供するシステムである。2016年頃から、国内電力会社を始め多くの企業が実証試験を進めている。
脱炭素社会を実現するためには、電力供給の主体は再生可能エネルギーとなることは衆目の一致するところである。中でも、出力変動が顕著である太陽光発電や風力発電は、変動性再生可能エネルギー(VRE:Variable Renewable Energy)と呼ばれ、大規模電力貯蔵システムの付帯が不可欠である。
しかし、VRE以外にも日本が高い技術レベルを有する「地熱発電」、海に囲まれた日本ではあるが未開拓の「海洋発電」、「バイオマス発電」など安定供給が可能な再生可能エネルギーは多い。太陽光発電に比べて導入に時間を要するが、長期戦略として投資を増強するなど強力に推進する必要がある。
また、脱石炭火力を加速するためには、代替として当面は原子力発電を外すことは難しいであろう。原子力発電には安全対策が不可欠であることはいうまでもないが、廃炉や放射性廃棄物処理・処分など遅々として進まないバックエンド問題への対処を強力に推進することが不可欠である。
化石燃料を燃やす火力発電は、排出されるCO2の回収・有効利用・貯留(CCUS: Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)が不可欠との認識がある。一
GX実行会議での基本方針の策定
2022年12月、エネルギー政策の大転換が報じられた。政府はGX実行会議でまとめた脱炭素社会へ向けた基本方針の中で、原子力発電所の建て替えや、運転期間の延長を表明したのである。安部元首相の国葬儀問題、防衛費の大幅増額と財源問題に続き、またしても国民を無視した動きが始まったのか?
2011年3月の東京電力福島第1原子力発電所事故以来、政府は「可能な限り原発依存度を低減する」として原発の新増設の議論を行わなかった。それが急に「将来にわたって持続的に原子力を活用する」と方針の大転換を表明したのである。十分な議論と丁寧な説明に欠けた決定と言わざるを得ない。
GX 実行会議とは?
そもそもGX実行会議とは?
産業革命以来の化石燃料中心の経済・社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体の変革、すなわち、GX(グリーントランスフォーメーション)を実行するべく、内閣官房が開催する会議である。有識者には各界の社長、会長、理事、相談役など13人+αが名を連ねている。
『GX実行会議の開催状況』
(1)第1回GX実行会議(2022年7月27日)で、萩生田GX実行推進担当大臣から「GX実行会議における議論の論点」が説明された。
岸田首相は電力・ガスの安定供給に向け、再エネ、蓄電池、省エネの最大限導入のための制度的支援策や原発の再稼働とその先の展開策など、具体的な方策の明確化を関係閣僚に指示した。
(2)第2回GX実行会議(2022年8月24日)で、西村GX実行推進担当大臣から「日本のエネルギーの安定供給の再構築」が説明された。
岸田首相は再稼働した原発10基に加え、来夏以降に追加で7基の再稼働を目指すとし、原発の新増設や建て替え、次世代型原子炉の開発についても年末までに具体的な結論を出すよう指示した。
(3)第3回GX実行会議(2022年10月26日)で、西村GX大臣から「GXを実現するための政策イニシアティブ」と「需要側からのGXの実現・成長志向型カーボンプライシング構想注釈)の検討の視点」が説明された。
岸田首相は、次回に成長志向型カーボンプライシングの具体的な制度案を提示するよう指示した。
(4)第4回GX実行会議(2022年11月29日)で、西村GX大臣から「GXを実現するための政策イニシアティブの具体化について」が説明された。
岸田首相は①カーボンプライシングの具体的な進め方、②再エネ・省エネ、原子力などの専門家や与党による検討を経た提案、③分野別の支援・制度一体型のGX投資促進策の提示を指示した。
(5)第5回GX実行会議(2022年12月22日)で、西村GX大臣から「GX 実現に向けた基本方針(案)~今後 10 年を見据えたロードマップ~」と参考資料(図表)が説明された。
(岸田首相の発言については、現時点で議事録が公表されていない。)
以上、合計5回(各会議の所要時間は1時間弱)のGX実行会議が開催された。議事録を見る限り、本題である成長志向型カーボンプライシングの進め方に関する検討に多くの時間を要しており、原発の建て替えや、運転期間の延長に関する議論はなく、政府案通りに採択された。
運転延長については有識者からも「科学的合理性を検討した上で、見直しが必要だ」などの賛同が目立つ一方で、一度決めたルールの変更になるため「人によっては唐突に感じる。延長することによるリスクなど、情報発信も重要となる」と、国民に向けた丁寧な説明が必要という意見も聞かれた。
驚くのは、第5回GX実行会議の翌日(2022年12月23日)に、GX 実現に向けた基本方針~今後 10 年を見据えたロードマップ~について、政府専用サイトでのパブリックコメント受付が開始されたことである。「命令などの案」として掲示されており、まさに上位下達。なぜ、これほどまでに急ぐのか?
注釈)カーボンプライシング(CP)とは?
https://www.nomuraholdings.com/jp/sdgs/article/006/
気候変動問題の主因である炭素に価格を付ける仕組みのこと。これにより、炭素を排出する企業などに排出量見合いの金銭的負担を求めることが可能になります。CPの具体的な制度は、「明示的CP」と「暗示的CP」に分類され、このうち明示的CPは排出される炭素量に直接的に値付けする点が特徴。各国が精力的に導入・整備を進めているのも明示的CPで、代表的には「炭素税」と「排出量取引制度」が注目されています。
GX 実現に向けた基本方針
GX実行会議により決定された「GX 実現に向けた基本方針」~今後 10 年を見据えたロードマップ~は、全26ページ(図表なし)に及び素人には難解な読みものである。
政府は、第5回GX実行会議で出された資料の一部を、翌日(2022年12月23日)に、急遽、パブリックコメントとして配信した。しかし、真に国民の理解を求めるのであれば、時間軸など図表を含めて分かりやすくロードマップにまとめ、国民に丁寧に示す必要があったのではないか?
今回の基本方針の全体像を示すため、次に目次を示す。実際に読み込んでみると、新しい技術情報も入っているが、多くは昨年10月に策定された第6次エネルギー基本計画を踏襲したものである。ただ、「3) 原子力の活用」に関して策定された1ページでは大きな方針転換が示されている。
『GX 実現に向けた基本方針』~今後 10 年を見据えたロードマップ~
ー目次ー
1.はじめに
2.エネルギー安定供給の確保を大前提とした GX に向けた脱炭素の取組
(1)基本的考え方
(2)今後の取り組み
1) 徹底した省エネルギーの推進、製造業の構造転換(燃料・原料転換)
2) 再生可能エネルギーの主力電源化
3) 原子力の活用
4) 水素・アンモニアの導入促進
5) カーボンニュートラル実現に向けた電力・ガス市場の整備
6) 資源確保に向けた資源外交など国の関与の強化
7) 蓄電池産業
8) 資源循環
9) 運輸部門の GX
① 次世代自動車
② 次世代航空機
③ ゼロエミッション船舶
④ 鉄道
⑤ 物流・人流
10) 脱炭素目的のデジタル投資
11) 住宅・建築物
12) インフラ
13) カーボンリサイクル/CCS
① カーボンリサイクル燃料
② バイオものづくり
③ CO2 削減コンクリート
④ CCS
14) 食料・農林水産業
3.「成長志向型カーボンプライシング構想」の実現・実行
4.国際展開戦略
5.社会全体の GX の推進
6.GX を実現する新たな政策イニシアティブの実行状況の進捗評価と見直し
何故、このタイミングで?
地球温暖化問題に端を発して、二酸化炭素(CO2)を発生する化石燃料からクリーンエネルギーへの移行(GX、グリーントランスフォーメーション)が必要とされることは世界的なトレンドとなっている。それに加えて新たに次の2点が、今回の基本方針の大転換の理由として示されている。
『基本方針の大転換の理由』(2.(1)基本的な考え方)
GX 実現に向けた基本方針~今後 10 年を見据えたロードマップ~ 2022年12月22日 GX実行会議
①ロシアによるウクライナ侵略によるエネルギー情勢のひっ迫を受け、欧米各国では再生可能エネルギーの更なる導入拡大を行いつつ、原子力発電の新規建設方針を表明するなど、エネルギー安定供給確保に向けた動きを強めている。
②一方で、国内では、電力自由化の下での事業環境整備、再生可能エネルギー導入のための系統整備、原子力発電所の再稼働などが十分に進まず、国際的なエネルギー市況の変化などと相まって、2022 年 3 月と 6 月には東京電力管内などで電力需給ひっ迫が生じ、エネルギー価格が大幅に上昇している。
すなわち、欧米諸国が原子力発電の新規建設方針を表明していること、国内で電力需要のひっ迫が生じているため、このタイミングで急遽、原発の建て替え・運転期間の延長に踏み切ったのである。
原子力発電を推進している欧米諸国と、毎年のごとく地震、津波、火山などの自然災害に見舞われる日本との違いを、東京電力福島第一発電所事故で認識したが、その後の10年間で政府のエネルギー政策は十分に進められず、再び原子力発電にも頼らざるを得ない状況に陥ったということである。
『基本方針でのGXの進め方』(2.(1)基本的な考え方)
GX 実現に向けた基本方針~今後 10 年を見据えたロードマップ~ 2022年12月22日 GX実行会議
今後、エネルギー安定供給の確保を大前提として、脱炭素社会の実現に向けて取り組む「グリーントランスフォーメーション(GX)」を推進する。そのため、化石エネルギーへの過度な依存からの脱却を目指し、需要サイドにおける徹底した省エネルギー、製造業の燃料転換などを進めるとともに、供給サイドにおいては、足元の危機を乗り切るためにも再生可能エネルギー、原子力などエネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源を最大限活用する。
政府は大転換ではないと言っている!?
ところで、今回の基本方針では原子力発電所の建て替えや、運転期間の延長を表明しているが、これを政府は第6次エネルギー基本計画の方針の範囲内としている。
『大転換ではないという政府の言い訳』(2.(2)今後の対応の注記)
2021 年 10 月に閣議決定した第 6 次エネルギー基本計画においては、2030 年度の温室効果ガス 46%削減、2050 年のカーボンニュートラル実現を目指す上でも、安定的で安価なエネルギーの供給を確保することは日本の国力を維持・増強するために不可欠であるとの前提の下、「再生可能エネルギーについては、主力電源として最優先の原則の下で最大限の導入に取り組み、水素・CCUS(Carbon dioxide Capture,Utilization and Storage)については、社会実装を進めるとともに、原子力については、国民からの信頼確保に努め、安全性の確保を大前提に、必要な規模を持続的に活用していく。こうした取組など、安価で安定したエネルギー供給によって国際競争力の維持や国民負担の抑制を図りつつ 2050 年カーボンニュートラルを実現できるよう、あらゆる選択肢を追求する」ことを明記している。
GX 実現に向けた基本方針~今後 10 年を見据えたロードマップ~ 2022年12月22日 GX実行会議
第 6 次エネルギー基本計画では、2050 年カーボンニュートラル実現という野心的な目標の実現を目指す上で、あらゆる可能性を排除せず、利用可能な技術は全て使うとの発想に立つことが我が国のエネルギー政策の基本戦略であることを示しており、今回、ここに改めて示すエネルギー安定供給の確保に向けた方策は全て、この第 6 次エネルギー基本計画の方針の範囲内のものであり、この方針に基づき「あらゆる選択肢」を具体化するものである。
政府は、第 6 次エネルギー基本計画の大方針で「原子力については必要な規模を持続的に活用していく」としており、「2050年カーボンニュートラルを実現できるよう、あらゆる選択肢を追求」した。その結果、原子力発電所の建て替えや、運転期間の延長が必要と判断したということである。
第 6 次エネルギー基本計画との整合性は!?
それでは、2021 年 10 月に閣議決定した第 6 次エネルギー基本計画と今回のGX実現に向けた基本計画とを、大転換が行われたと報道されている原子力に関して比較してみる。
第 6 次エネルギー基本計画の『②原子力における対応』
第6次エネルギー基本計画(2021年10月に閣議決定)から
東京電力福島第一原子力発電所事故を経験した我が国としては、安全を最優先し、経済的に自立し脱炭素化した再生可能エネルギーの拡大を図る中で、可能な限り原発依存度を低減する。
現状、実用段階にある脱炭素化の選択肢である原子力に関しては、世界的に見て、一部に脱原発の動きがある一方で、エネルギー情勢の変化に対応して、安全性・経済性・機動性の更なる向上への取組が始まっている。
我が国においては、更なる安全性向上による事故リスクの抑制、廃炉や廃棄物処理・処分などのバックエンド問題への対処といった取組により、社会的信頼の回復がまず不可欠である。このため、人材・技術・産業基盤の強化、安全性・経済性・機動性に優れた炉の追求、バックエンド問題の解決に向けた技術開発を進めていく。東京電力福島第一原子力発電所事故の原点に立ち返った責任感ある真摯な姿勢や取組こそ重要であり、これが我が国における原子力の社会的信頼の獲得の鍵となる
以上のように、第 6 次エネルギー基本計画では「可能な限り原発依存度を低減する」や「更なる安全性向上による事故リスクの抑制」などが明記されている。また、次世代炉の新増設に関する表記は全く見当たらない。
GX実現にむけた基本計画での『3) 原子力の活用』
原子力は、出力が安定的であり自律性が高いという特徴を有しており、安定供給とカーボンニュートラル実現の両立に向け、脱炭素のベースロード電源としての重要な役割を担う。このため、2030 年度電源構成に占める原子力比率 20~22%の確実な達成に向けて、安全最優先で再稼働を進める。
GX 実現に向けた基本方針~今後 10 年を見据えたロードマップ~ 2022年12月22日 GX実行会議
着実な再稼働を進めていくとともに、円滑な運営を行っていくため、地元の理解確保に向けて、国が前面に立った対応や事業者の運営体制の改革等を行う。具体的には、「安全神話からの脱却」を不断に問い直し、規制の充足にとどまらない自主的な安全性向上、地域の実情を踏まえた自治体等の支援や防災対策の不断の改善等による立地地域との共生、手段の多様化や目的の明確化等による国民各層とのコミュニケーションの深化・充実に取り組む。
将来にわたって持続的に原子力を活用するため、安全性の確保を大前提に、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設に取り組む。地域の理解確保を大前提に、まずは廃止決定した炉の次世代革新炉への建て替えを対象として、六ヶ所再処理工場の竣工等のバックエンド問題の進展も踏まえつつ具体化を進めていく。
既存の原子力発電所を可能な限り活用するため、原子力規制委員会による厳格な安全審査が行われることを前提に、運転期間に関する新たな仕組みを整備する。現行制度と同様に、運転期間は 40 年、延長を認める期間は 20 年との制限を設けた上で、一定の停止期間に限り、追加的な延長を認めることとする。
あわせて、六ヶ所再処理工場の竣工目標実現などの核燃料サイクル推進、廃炉の着実かつ効率的な実現に向けた知見の共有や資金確保等の仕組みの整備を進めるとともに、最終処分の実現に向けた国主導での国民理解の促進や自治体等への主体的な働きかけを抜本強化するため、文献調査受け入れ自治体等に対する国を挙げての支援体制の構築、実施主体である原子力発電環境整備機構(NUMO)の体制強化、国と関係自治体との協議の場の設置、関心地域への国からの段階的な申入れ等の具体化を進める。
以上のように、今回のGX実現に向けた基本方針では「将来にわたって持続的に原子力を活用」、「次世代革新炉の開発・建設に取り組む」、「廃止決定した炉の次世代革新炉への建て替え」、「一定の停止期間に限り、追加的な延長を認める」などが明記されている。
加えて、パブリックコメント用に配信されたGX実現に向けた基本方針には添付されていないが、第5回GX実行会議で提示された資料には、図2に示す原発再稼働に関するロードマップと、図3の次世代革新炉の開発・建設に関するロードマップが含まれている。
やはりエネルギー政策の大転換!!
2011年3月の東京電力福島第1原子力発電所事故以来、政府は「可能な限り原発依存度を低減する」として原発の新増設の議論を行わなかった。それが急に「将来にわたって持続的に原子力を活用する」と大転換を表明したのは、どうやら事実である。
なぜ政府は「第 6 次エネルギー基本計画の方針の範囲内」などと言い訳をする必要があるのか?原子力に関するエネルギー政策の大転換であることは誰の目にも明らかである。この大転換をストレートに発信して国民に正しい情報を与えることで、理解を得ることが重要である。
そのためにも、この10年間において国内では、「電力自由化の下での事業環境整備」、「再生可能エネルギー導入のための系統整備」、「原子力発電所の再稼働」などが、なぜ十分に進められなかったか?その結果として、電力のひっ迫を招いている現状の反省から始める必要がある。
これらの反省なくして、原子力の再稼働や建て替えなどを推進しても問題は解決しない。そもそも再稼働が進まない最大の原因は、原発の安全性に関する国民の理解が十分に得られていない点にあり、電力会社による安全対策がタイムリーに進められてこなかったことが原発不信を深めているのである。
また、電力自由化に関しても新電力の倒産・撤退が相次ぐような現状では、当初に期待していた電気料金の値下げ効果は望むべくもない。大手電力会社の設備投資の促進策も含めて、新電力の新たな支援策が必要な段階にきているのは明らかである。
2030 年度電源構成に占める再生可能エネルギー比率36~38%の目標達成には、系統整備に加えて、電力貯蔵の重要性を忘れてはならない。出力変動の大きな太陽光、風力発電では蓄電池規模から大規模電力貯蔵システムの導入、出力変動の少ない水力、地熱、バイオマスでは導入拡大策が必要である。
基本方針の決定プロセスの疑惑!?
ところで、昨年12月22日には「原発運転期間延長めぐり原子力規制庁 経産省と事前にやりとり」とのNHK報道が流れ、多くのマスコミでも疑惑として取り上げられた。
GX実行会議で示された原発の運転期間延長に関して、原子力規制委員会が安全性を確認する制度の検討を指示する前に、事務局である原子力規制庁が推進側の経済産業省から検討状況などを聞き、制度作りの体制を整えていたとのことである。
何が問題なのか?を考えてみよう。
そもそも、東京電力福島第一原子力発電所の事故後に、「原子力規制委員会設置法」の公布に伴い、2012年9月に国家行政組織法3条2項に基づき、環境省外局に独立性の高い行政委員会として「原子力規制委員会」が新たに発足した。原子力村と揶揄・批判された隠ぺい体質を刷新するのが狙いである。
原発推進母体の経済産業省から原発規制部門を切り離して、より安全性を追求するのが目的で、原子力規制委員会の活動範囲は①原子力利用に関する安全規制、②原子力防災、③福島第一原子力発電所事故への対応から構成され、その活動はHP(https://www.nsr.go.jp/)などで一般公開している。
12月21日、反原発であるNPO法人の原子力資料情報室が会見を開き、事務局である原子力規制庁が原子力規制委員会の指示を受ける前から経済産業省資源エネルギー庁と連絡を取り、原発運転期間延長の詳細な検討をしていたとみられる内部文書の提供を受けたと発表した。
これを受けて原子力規制庁は、7月28日(第1回GX実行会議の翌日)~9月28日までの間に少なくとも7回、資源エネルギー庁と面談による情報交換を行い(内容は非公開)、9月1日には職員3名に原発運転期間延長に必要な法改正や新たな規制制度作りを担当する部署への併任を発令したことを認めた。
9月19日の週に、初めて山中原子力規制委員(次期委員長)へ経済産業省とのやりとりについて説明が行われ、9月26日に 山中新原子力規制委員長就任会見において、運転期間延長について利用政策側の意見を聞いた上で、原子力規制委員会で議論する考えを表明した。
10月5日、山中委員長は原子力規制庁に対して運転期間が見直された場合の規制について検討を指示し、経産省とのやりとりは透明性を確保することも求めた。原子力規制庁はこれ以降の面談録はホームページで公表しているが、指示前の面談内容は公表していない。
大きな問題は、原子力規制委員会への報告をしないままに、経済産業省との面談による情報交換を進めた事務局の原子力規制規制庁の動きである。当然のことながら、事務局である原子力規制規制庁と原子力規制委員会とは一体でなければならない。
東京電力福島第一原子力発電所事故を教訓として、原発推進側の経済産業省から原発規制側の原子力規制委員会を分離したが、その流れが反転を始めたと捉えられても仕方ない。原子力村と揶揄・批判された昔の隠ぺい体質に逆戻りすることは、絶対に避けなければならない。
それにしても政府が、これほどまでに「原発の建て替え・運転期間の延長」を急ぐ理由は何であろうか?GX実現に向けた基本方針の策定において不透明な事前交渉を進めるなど、2011年以前の原子力村でのやり方が見え隠れすることで、国民の真の理解は遠のくばかりである。
GX基本方針とGX関連法とは?
政府は、昨年2022年6月の電力需要ひっ迫を起点に、同8月には来夏以降に向け「原発の更なる再稼働が重要だ」との認識を示し、岸田文雄首相は第2回GX会議(2022年8月24日)で「これまでに再稼働した原発10基に加え、来夏以降に追加で7基の再稼働を進める方針」を表明した。
その半年後、2023年2月に、GX(グリーントランスフォーメーション)基本方針が閣議決定され、2023年5月にはカーボンプライシングの導入を含むGX推進法、原子力発電所の運転期間の60年超への延長を盛り込んだGX脱炭素電源法のGX関連法が相次いで成立した。
まずは、大慌てで成立させたGX関連法の概要を示すが、相変わらず政府は一般市民に理解を求めるのではなく、分かりにくい組立で法改正を進めている。分かりにくくするということは、「隠したい何かがあるのではないか?」と疑いたくなる。
GX基本方針
●背景
2022年7月27日から岸田首相を議長とするGX実行会議が開催され、2022年末に基本方針が取りまとめられた。その後、パブリックコメント等を経て、2023年2月10日に閣議決定された。
●概要
気候変動問題への対応に加え、ロシア連邦によるウクライナ侵略を受け、エネルギー安定供給の確保と経済成長を同時に実現するため、主に①②の取組を進める。
①エネルギー安定供給の確保に向け、徹底した省エネに加え、再エネや原子力などのエネルギー自給率の向上に資する脱炭素電源への転換などGXに向けた脱炭素の取組を進める。
②GXの実現に向け、「GX経済移行債」等を活用した大胆な先行投資支援、カーボンプライシングによるGX投資先行インセンティブ、新たな金融手法の活用などを含む「成長志向型カーボンプライシング構想」の実現・実行を行う。
GX推進法
●趣旨
世界規模でGX実現に向けた投資競争が加速する中で、2050年カーボンニュートラル等の国際公約と産業競争力強化・経済成長を同時に実現するため、今後10年間で150兆円を超える官民のGX投資が必要。その実現に向け「GX基本方針」に基づき、次の①~⑤を法定する。
●法律の概要
①GX推進戦略の策定・実行
政府は、GXを総合的かつ計画的に推進するための戦略を策定・実行する。
②GX経済移行債の発行
政府は、GX推進戦略の実現に向けた先行投資を支援するため、2023年度から10年間、GX経済移行債(脱炭素成長型経済構造移行債)を発行し、GX推進に関する施策を講じる。
③成長志向型カーボンプライシングの導入
炭素排出に値付けし、GX関連製品・事業の付加価値向上を図る。2028年度から、化石燃料の輸入事業者から排出されるCO2量に応じて化石燃料賦課金(税金)を徴収。2033年度から、発電事業者に一部有償でCO2排出枠(量)を割り当て、量に応じた特定事業者負担金を徴収する。
④GX推進機構の設立
経済産業大臣の認可によりGX推進機構を設立し、民間企業のGX投資の支援(金融支援(債務保証等))、化石燃料賦課金・特定事業者負担金の徴収、排出量取引制度(特定事業者排出枠の割当て・入札等)等を行う。
⑤進捗評価と必要な見直し
GX投資等の実施状況やCO2排出に係る国内外の経済動向等を踏まえ、施策の在り方について検討を加え、その結果に基づいて必要な見直しを講じる。
化石燃料賦課金や排出量取引制度に関する制度設計は、排出枠取引制度の本格的な稼働のための具体的な方策を含めて検討し、この法律の施行後2年以内に、必要な法制上の措置を行う。
GX脱炭素電源法
●趣旨
ロシアのウクライナ侵略による国際エネルギー市場の混乱や国内の電力需給ひっ迫等への対応に加え、脱炭素電源の利用促進と電気の安定供給を確保するため、「GX基本方針に基づき」(1)再エネの最大限の導入促進、(2)原子力の活用に向け、関連する5法律を改正する。
〇電気事業法
〇再生可能エネルギー電気の利用の促進に関する特別措置法(再エネ特措法)
〇原子力基本法
〇核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(炉規法)
〇原子力発電における使用済燃料の再処理等の実施に関する法律(再処理法)
●法律の概要
(1)地域と共生した再エネの最大限の導入促進
①再エネ導入に資する系統整備のための環境整備(電気事業法・再エネ特措法)
特に重要な送電線の整備計画を経済産業大臣が認定し、再エネの利用の促進については、工事着手段階から系統交付金を交付する。併せて、事業者が電力広域的運営推進機関から貸付けを受けることを可能とする。
②既存再エネの最大限の活用のための追加投資促進(再エネ特措法)
太陽光発電設備に係る早期の追加投資(更新・増設)を促すため、地域共生や円滑な廃棄を前提に、追加投資部分に既設部分と区別した新たな買取価格を適用する制度を新設する。
③地域と共生した再エネ導入のための事業規律強化(再エネ特措法)
関係法令等の違反事業者に対して交付金による支援額の積立てを命じ、違反が解消されない場合は支援額の返還命令を行う。また、再エネ発電事業計画の認定要件に事業内容を周辺地域に事前周知することを追加し、委託先事業者に対する監督義務を課すなど事業規律を強化する。
(2)安全確保を大前提とした原子力の活用・廃炉の推進
①原子力発電の利用に係る原則の明確化(原子力基本法)
安全を最優先とすることなどの原子力利用の基本原則や、バックエンドのプロセス加速化、自主的安全性向上等の国・事業者の責務を明確化する。
②高経年化した原子炉に対する規制の厳格化(炉規法)
原子力事業者に対して、運転開始から30年を超えて運転しようとする場合、10年以内毎に、設備の劣化に関する技術的な評価を行い、その劣化を管理するための計画を定め、原子力規制委員会の認可を受けることを義務付ける。
③原子力発電の運転期間に関する規律の整備(電気事業法)
原子力発電の運転期間は40年とした上で、安定供給確保、GXへの貢献などの観点から経済産業大臣の認可を受けた場合に限り、運転期間の延長を認めることとする。
その際、「運転期間は最長で60年に制限する」という現行の枠組みは維持した上で、原子力事業者が予見し難い事由による停止期間に限り、60年の運転期間のカウントから除外する。
④円滑かつ着実な廃炉の推進(再処理法)
今後の廃炉の本格化に対応するため、使用済燃料再処理機構の業務に、全国の廃炉の総合的調整などの業務を追加し、同機構の名称を使用済燃料再処理・廃炉推進機構とする。また、原子力事業者に対して、同機構に廃炉拠出金を納付することを義務付ける。
GX関連法の問題点
GX基本方針では、「GX推進法」と「GX脱炭素電源法」の基本となるもので、徹底した省エネに加え、再エネや原子力などのエネルギー自給率向上に資する脱炭素電源への転換などを進めるとした。
問題点は、脱炭素電源の中に水素・アンモニア燃料の混焼による石炭火力発電がまぎれ込んでいることである。欧米諸国からは石炭火力発電の延命措置と非難されている。
また、廃炉跡地への次世代革新炉への建て替え、原発の運転期間延長、核燃料サイクルの推進など、福島第一原発事故以後の原子力政策を大きく転換させる方針が明記されている。
GX推進法では、政府レベルで初めて本格的なカーボンプライシング(CO2排出への課金)を行うことが最大のポイントである。2050年カーボンニュートラル達成には、今後10年間で150兆円の投資が必要とし、そのうち20兆円を化石燃料賦課金(税金)などでまかなう。
問題点は、導入時期の2028年が遅いことにある。1990年にフィンランドで炭素税が導入されたのを皮切りに、世界銀行報告書『世界のカーボンプライシングの実施状況』によると、2021年4月時点で64の国・地域でカーボンプライシングが導入されている。
また、経済産業省の認可法人「GX推進機構」に巨額の官民資金が集まることになり、その運営方針・施策の透明性が必ず問題となる。
GX脱炭素電源法(再エネ)では、地域と共生した再エネの最大限の導入に向け、重要な送電線の整備計画を経済産業大臣が認定する制度として再エネ賦課金を交付する。また、太陽光発電設備の早期の追加投資(更新・増設)を促すため、新たな買取価格の適用制度を新設する。
問題は、再エネの最大限導入を表記したが、電力貯蔵などの具体的な対策が貧弱であり、原子力(基本法)では国の責務として「立地地域住民への理解促進」「地域振興」「人材育成」「産業基盤の維持」「研究開発の推進」「事業環境整備」を支援するとした手厚い内容とは対照的。
GX脱炭素電源法(原子力)では、福島第一原発事故後に示した「可能な限り原発依存度を低減する」という原則を改め、既存の原子力発電所の延命をはかり、使用済み核燃料の再処理(核燃料サイクル)と全国の廃炉を着実に推進するという原発回帰の方向性を明確化した。
特に、炉規法で定められた「原則40年、最長60年」という運転期間を削除し、新たに経済産業省が所管する電気事業法に明記して枠組みは維持しながら、経済産業省の判断で安全審査や裁判所の命令など事業者が予想できない理由による停止期間を除くことで、事実上60年超の運転を可能とした。
問題は、原発の安全性の担保である。現時点で60年超の運転実績を有する原発はなく、科学的に安全性を証明することはできない。火山国の日本は地震・津波はもちろん、毎年のごとく台風などの風水害を受けるため、世界一厳しい原発規制が必要なのである。
経年劣化とは原発が稼働してなくても進行するから経年劣化なのである。原発の停止期間分を運転期間に加算して運転できるとすることに科学的な根拠はない。
2023年2月、経済産業省からの連絡を受け、原子力規制委員会では原発の経年劣化の評価方法や新規制についての議論が開始された。
その結果、炉規法には30年を超えて運転する原発に対し、原子力規制委員会による最長10年ごとの設備の劣化状況の審査と認可を受けること、また、運転開始から60年超の原発の審査には、容器やコンクリートの劣化状況を詳しく調べる40年時点の点検と同レベルの追加点検を義務付けられる。
2023年8月、原子力規制委員会は、新たな炉規法に関する規則の改正案を多数決で決定した。電力会社は施行時点で30年を超える原発を運転する際、施設の劣化を管理する「長期施設管理計画」を提出し、規制委の認可を得る必要がある。電力会社からの申請は10月から受け付ける。
以上から、今回のGX関連法は「既存の原子力発電所の運転期間延長」を主目的に策定されたといっても過言ではない。現時点では、原発の新増設、燃料サイクル、廃棄物処理、次世代原子力などに関する具体的な施策は見受けられないが、今後、GX基本方針に則って策定されるのであろう。
原発の再稼働と運転期間延長
原発の再稼働に向けて岸田首相が「国が前面に立ってあらゆる対応をとっていく」と強調したものの、関西電力の高浜1,2号機の再稼働は1か月遅れ、東北電力の女川2号機、中国電力の島根2号機は明確な進捗なしと、政府が大きく関与した兆候は認められない。
政府の趣旨はいつの間にか、「原発再稼働」から「60年超の運転期間延長」へと切り替わった。
2022年8月以降の原発再稼働の状況
政府は、昨年2022年6月の電力需要ひっ迫を起点に、原発の再稼働が必要と表明した。実際にGX脱炭素電源法の趣旨では、「ロシアのウクライナ侵略による国際エネルギー市場の混乱」や「国内の電力需給ひっ迫等」への対応を明記している。2022年8月以降の原発再稼働の状況をみてみよう。
2022年8月24日、報道によれば岸田文雄首相は第2回GX会議で「これまでに再稼働した原発10基に加え、来夏以降に追加で7基の再稼働を進める方針」を表明し、「国が前面に立ってあらゆる対応をとっていく」と強調した。この時点で、電力需要ひっ迫から原発再稼働に政府方針が切り替わったのである。
再稼働した原発10基の現状は、関西電力の高浜4号機が2022年10月21日に加圧器の不具合、2023年1月30日に PR 中性子束急減のトラブルで停止した以外、定期点検での停止を除いて順調に発電運転を継続している。
2022年8月以降の新たな動きとして、高浜3,4号機の運転期間延長認可申請が行われた。これは40年を超えて運転を継続する場合の規定であり、原子力規制委員会の認可待ちの状況にある。
また、今夏以降に追加で再稼働を進めるとした原発7基の現状は、関西電力の高浜1,2号機が一カ月程度の予定遅れで、順調に営業運転の開始に向かっている。東北電力の女川2号機、中国電力の島根2号機に関しては進捗状況には変化はない。
一方、柏崎刈羽6,7号機はテロ対策上の重大な不備が相次いで発覚し、今後、原子力規制委員会による運転禁止命令が解除されても、安全対策を実施し、許認可を得て、地元の同意を得る必要があり、再稼働時期は見通せない。
また、東海第二原発も、2024年9月に安全対策工事を終える予定であるが、周辺自治体の避難計画の策定が終わらず、地元の同意を得る必要があり、再稼働の時期が見通せない。2023年8月には周辺15市町村で組織する首長会議が開かれ、放射性物質の拡散シミュレーションなどについて説明が行われた。
以上のように、原発の再稼働に向けて岸田首相が「国が前面に立ってあらゆる対応をとっていく」と強調したものの、関西電力の高浜1,2号機の再稼働は1か月遅れ、東北電力の女川2号機、中国電力の島根2号機は明確な進捗なしと、政府が大きく関与した兆候は認められない。
この1年間の動きは、2023年4月に高浜3,4号機が運転期間延長認可申請を行っている程度である。いつの間にか、原発再稼働から運転期間延長に政府方針が切り替わっている。
関西電力の高浜1,2号機の再稼働問題
これまでに関西電力、九州電力、日本原子力発電の3社が4原発の8基について、原子力規制委員会に40年超の運転延長を申請し、美浜3号機(運転年数:46年)、高浜1号機(48年)と2号機(47年)、東海第二原発(44年)の4基が認可を受け再稼働に至ってた。
現在、高浜3号機(38年)と4号機(38)年、川内1号機(39年)、川内2号機(37年)の4基が40年超の運転期間延長を申請中である。
2023年7月、関西電力の高浜原子力発電所1号機は、国内33基の原発の中で運転年数が48年と最も長く、12年後にはGX脱炭素電源法で制定された60年超運転の第1号になる。高浜1号機の停止期間は11年8カ月のため、経済産業省の判断次第で運転年数は71年8カ月に達する可能性がある。
関電は高浜1号機の再稼働で60億円/月の収支改善効果があると見込んでいる。2023年9月には同22号機も再稼働する予定で、関西電力保有の高浜、美浜、大飯原子力発電所の7基すべてが稼働することになる。2024年3月期連結決算の最終利益は、3050億円と過去最高になる見通しである。
2023年6月、10電力会社のうち7社が火力発電の燃料コスト上昇により規制料金を引き上げたが、関西電力は電気料金の値上げを見送った。政府にとっては、再稼働の旗を振っても遅々として安全対策工事を進められない東京電力に比べて、模範的な電力会社と映っていることであろう。
しかし、福井県内の関西電力の原発には大量の使用済み核燃料が保管され、貯蔵容量の8割を超えており、県外への搬出を迫られている。関電電力は、一時保管する「中間貯蔵施設」の県外候補地を年内に選定できなければ、高浜1,2号機と美浜3号機の運転を停止するとの約束を交わしている。
2023年6月、関西電力は使用済み核燃料の一部をフランスに搬出する計画を福井県に報告し、理解を求めた。当初、関西電力は2030年頃に2000トン規模の中間貯蔵施設へ移送する計画であり、フランスへの搬出は10%の200トンに留まるため、福井県側には不満の声が上がっている。
2023年8月、中国電力が山口県上関町に提案した中間貯蔵施設の建設をめぐり町議会が開かれ、建設に向けた地質などの調査を受け入れるとの表明がなされた。中国電力は関西電力と共同で、上関町にある中国電力の原発建設用敷地内で調査を行う。
2023年10月、福井県知事は、関西電力の原子力発電所で生じる使用済み核燃料をフランスに搬出する計画や、県内の貯蔵量を増やさない姿勢を「一定の前進があった」と評価。県内に3基ある運転開始から40年以上が経過した原発について、「来年以降の運転継続について理解を示したい」と表明した。
関西電力は使用済み核燃料の県外搬出について、新たに青森県六ケ所村の再処理工場(2024年度上期完成予定)への2026年度から搬出、2030年頃に中間貯蔵施設の操業を開始して搬出を盛り込んだ。また、原発敷地内での使用済み核燃料のキャスクへの保管や貯蔵容量を原則増加させないとした。
政府は、原発から出る使用済み核燃料を再処理してプルトニウムなどを取り出し、再び核燃料として利用する核燃料サイクルを掲げている。しかし、青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場の完成が大幅に遅れたため、原発では使用済み核燃料の中間貯蔵施設の確保が問題となっている。
現在、使用済み核燃料は全国の各原発敷地内のプールに保管されており、合計保管量は2023年3月末時点で、管理可能容量の77%にあたる1.65万トンに上る。
新たな保管方法として電力会社は中間貯蔵施設の建設を検討しているが、東京電力と日本原子力発電の両社による「リサイクル燃料備蓄センター」(貯蔵量:5000トン)が、2023年の事業開始を予定しているのみである。
日本原子力発電の敦賀2号機の再稼働に向けた動き
2024年7月、原子力規制委員会の審査チームは、福井県の敦賀原子力発電所2号機は、原発の安全対策を定めた「新規制基準」に適合していると認められないとの結論をまとめた。2号機の原子炉建屋直下に将来動く可能性がある活断層の存在が否定できないとし、再稼働を事実上認めない判断を下した。
2015年11月、敦賀2号機の再稼働に向けた審査が申請されたが、既に活断層と分かっている「浦底断層」に近く、原子炉建屋の北側約300mにあるK断層が活断層かどうか?原子炉建屋直下まで延びているか?が検量された。日本原子力発電の掘削調査に対して、審査チームはいずれに関しても否定できないとした。
実質60年超の原発運転に向けた動き
2024年5月、関西電力高浜原子力発電所3、4号機(出力:各87万kW、3号機は1985年1月、4号機は同6月に営業運転を開始)について、原子力規制委員会は原子炉の劣化状況などを審査し、安全性を確保できると判断し、20年間の運転延長を認可した。それぞれ「40年超」運転が可能になる。
2023年5月、「GX脱炭素電源法」の成立で、規制委の審査で停止した期間などを除外する「60年超」運転が可能となった。同法では運転開始から30年を超えた原発は10年以内ごとに、規制委が安全性を審査する。高浜3、4号機が2025年6月の同法施行後も運転を続けるには、改めて審査と認可を受ける必要がある。
運転延長の認可はこれまで、関西電力の高浜1、2号機、美浜3号機、日本原子力発電東海第二、九州電力川内1、2号機に出ており、今回は7、8基目である。
2024年6月、原子力規制委員会は、関西電力大飯原子力発電所3、4号機について、運転開始から30年を超えて40年までの運転を続けるために必要な「長期施設管理計画」を認可した。「60年超運転」を可能にする新制度が2025年6月に始まることを受けた手続きで、認可は全国の原発で初めてとなる。
新制度は2023年5月に成立した「GX脱炭素電源法」に基づき、運転開始から30年を超えて原発を運転する場合、電力会社が10年以内ごとに設備の劣化状況などをまとめた計画を策定し、認可を受ける必要がある。安全審査で停止した期間などを運転期間から除外することで、実質60年超運転が可能になった。
柏崎刈羽6、7号機の再稼働に向けた動き
2023年11月までの、再稼働に向けた動きは、「柏崎刈羽原発が運転禁止解除へ」 に詳細が示されている。
2024年6月、東京電力は、柏崎刈羽原発7号機で設備の「健全性確認」が完了したと発表。7号機の原子炉に核燃料を入れる作業を終えた後、4から月健全性確認に着手していた。原子炉圧力容器から放射性物質の漏えいがないかなどを確認し、技術的には再稼働できる状態となった。
2024年8月、東京電力は柏崎刈羽原子力発電所が立地する新潟県柏崎市を訪れ、「6、7号機の再稼働後、2年以内に1~5号機の廃炉を含む最適な電源構成の道筋をつける」と市長に伝えた。
2017年、市長は再稼働に同意する条件の一つとして、1~7号機が集中立地するリスクを低減するため廃炉計画の提出を東電に求めた。東京電力は2019年、「再稼働後、5年以内に1~5号機の1基以上について廃炉も想定したステップを踏む」との見解であったが、市長は廃炉判断時期の前倒しを求めていた。
女川2号機の再稼働
2024年10月、東北電力は、宮城県女川町の女川原子力発電所2号機(出力:82.5kW、1995年7月稼働)の再稼働を発表。2011年東日本大震災後13年7カ月ぶり、沸騰水型軽水炉(BWR)では国内初である。12月にも営業運転を開始し、2026年12月までにテロ対策「特定重大事故等対処施設」を約1400億円かけて建設する。
原子炉建屋上部に鉄骨部材を追加するなど耐震補強、最大23.1mの津波対策の防潮堤(海抜:29m、総延長:800m)、高台に緊急用ガスタービン発電機の設置、原子炉冷却水(7日間対応の約1万m3)の淡水貯水槽、フィルター付きベント(排気)装置の設置など、東北電力はこれらの対策に約5700億円を投じた。
原発の高経年化対策とは?
GX脱炭素電源法(原子力)の大きな問題は、先に事実上60年超の運転を可能とした法律を策定し、これを実現するための規制が設定された点にある。原発の60年超の運転ありきで、法整備が行われたのである。科学的・技術的に安全性が担保されて、60年超の運転を可能としたのではないのである。
原子力規制委員会のHPには、原発の高経年化対策について記載がある。現時点で、原発の経年劣化について十分な対策が取られているのであろうか?その結果として、原発の60年超運転の安全性を担保しているのであろうか?疑問点は多い。
原子力規制委員会による高経年化対策
原発では法定検査・点検が行われ、機能や性能低下を的確に確認し、補修や取替えが行われている。高経年化対策では、長期間運用中の原発に対して起こりうる劣化を最新知見に基づき把握し、「通常保全」に新たに「追加保全」を行うなど、機能や性能を維持・回復する保守管理を実施する。
主な経年劣化事象の例
(1)配管内の減肉(エロージョン/コロージョン)
原子力規制委員会HP:https://www.nra.go.jp/activity/regulation/reactor/unten/unten3_1.html(一部加筆)
配管の内面で、水流等による浸食(エロージョン)と腐食によるさび(コロージョン)が発生して、相互作用で減肉する現象
(2)応力腐食割れ(SCC)
構造材料が、水などの腐食環境下で設計応力より低い応力で多数の割れを生じる現象
(3)電気絶縁低下:原発停止中も進む劣化
発電機や変圧器、ケーブルなどで絶縁体として使用されているゴム、プラスチックなどが熱や放射線などの影響を受け、時間経過とともに変質して絶縁性能が低下する現象
(4)中性子照射脆化
構造材料が中性子線の照射を受けて粘り強さが低下する現象
(5)疲労割れ
構造材料に繰返し外力や熱応力が作用するすることで、割れを生じる現象
(6)コンクリートの中性化:原発停止中も進む劣化
コンクリート中の水酸化カルシウムが空気中CO2と反応し、強度が低下する現象
これで高経年化対策は十分か?
経年劣化による原発トラブルの代表的なものとして、2004年に福井県にある関西電力の美浜3号機で起きた配管の破断事故がある。
当時、運転年数が30年に満たない原発で、吹き出した熱水と蒸気で作業員5人が死亡、6人が重症を負った。破断した配管は点検リスト漏れで、運転開始以来点検が行われていなかった。
原発の部品数は約1000万点に上るとされ、点検漏れは深刻な問題である。その後、この配管減肉問題は保全活動に組み入れられ、二度と同じ事故が起きないよう監視されている。
また、運転年数が38年の関西電力の高浜3、4号機では2018年以降、原子炉につながる蒸気発生器内に長年の運転で鉄さびの薄片がたまり、配管に当たって傷つけるトラブルが定期点検で6回も確認され、蒸気発生器を洗浄しても再発した。定期点検で見つかっても抜本的な対策が施せなかった。
東京電力の柏崎刈羽7号機では、福島第一原発事故後に停止したタービン建屋の配管が11年間点検されず、腐食で穴が開いたことが2022年10月に判明した。長期運転停止による腐食劣化の進行か。
原発の代表的なトラブルは、失敗学会の失敗知識データベースに詳細が示されている。今後も、原発トラブルがなくなることはない。特に、運転や検査など人が関わる作業では、尽きることはない。重要なことは、原発の経年劣化に関するデータがまだまだ不足している点である。
運転延長の審査で先行する米国とは、劣化具合のとらえ方が異なるという。原子力規制委員会の山中伸介委員長は記者会見で「(60年超は)未知の領域。日本独自のルールをつくる必要がある」と検討の難しさを認めた。しかし、原発の運転延長の可否は、規制委が科学的・技術的に判断する必要がある。
現在は運転開始から60年超の原発の安全規制はなく、規制委がつくる必要があるが、山中委員長は運転期間に関する安全規制について「一義的な上限を決めるのは技術的に不可能だ」と指摘した。
その結果、炉規法には30年を超えて運転する原発に対し、原子力規制委員会による10年以内ごとの設備の劣化状況の審査と認可を受けること、また、運転開始から60年超の原発の審査には、容器やコンクリートの劣化状況を詳しく調べる40年時点の点検と同レベルの追加点検を義務付けられた。
すなわち、炉規法で定められた「原則40年、最長60年」という運転期間を削除し、事実上60年超の運転を可能としたものの上限を決められず、10年以内ごとの設備の劣化状況の審査と認可を繰り返し、60年超の原発の審査には追加点検を行うことで不足している経年劣化のデータを収集するとした。
原発の運転期間延長の問題
ところで、福島第一原発事故後に炉規法で定められた「原則40年、最長60年」という運転期間はどのようにして決められたのであろうか?参議院事務局企画調整室編集・発行の「立法と調査」2016. 10 No. 381に興味深い記述がある。
運転期間を原則 40 年間とした背景としては、原子炉設置許可の審査に当たり、40 年の運転年数を仮定した設計上の評価が行われることが多いことが考えられる。例えば、原子炉圧力容器の中性子照射による脆化の評価や、プラントの起動・停止の繰り返しによる疲労評価は 40 年間の運転期間を仮定していることが多い。一方で、設計評価の期間は、プラントの一部の機器に発生する劣化事象の発生量等を評価するための想定期間であり、プラントの技術上の供用可能期間とは異なる点に留意する必要がある。
運転期間を1回に限り、20 年を上限として延長することができることとした背景としては、①前述のようにプラントの供用期間を 60 年と仮定して、高経年化技術評価を行ってきていること、②米国原子力規制委員会(NRC)が原子力発電所に与える運転認可の期間は最長 40 年であるが、更新が可能であり、20 年の延長が認められていること等が考えられる。
参議院事務局企画調整室編集・発行の「立法と調査」2016. 10 No. 381より抜き書き
すなわち、「原則40年、最長60年」という運転期間も、原発の経年劣化データに基づいて科学的・技術的に行われたものではなく、従来の慣習に基づいて設定されたものであった。
ならば、炉規法で新たに設定された10年以内ごとの設備の劣化状況の審査と認可を繰り返し、60年超の原発の審査には追加点検を行うことで不足している経年劣化のデータを収集することは、妥当な設定といわざるを得ない。
大きな問題は、先に事実上60年超の運転を可能とした法律を策定し、これを実現するための規制が設定された点にある。原発の60年超の運転ありきで、法整備が行われたのである。科学的・技術的に安全性が担保されて、60年超の運転を可能としたのではないのである。
このような先送り問題は原発関連で良く見受けられる。使用済み核燃料の中間貯蔵先が決まらない状態で原発の運転を継続している問題、放射線廃棄物の最終処分場も決まっていない。特に重要なのが、福島第一原発のデブリ取り出しは事故後12年を経過しても見通せない。