2011年3月の福島第一原発の事故を契機に、日本から輸出される食品等に対し、55の国・地域により放射性物質に関する輸入規制措置が講じられた。この規制は10年超を経て米国、英国、EUなどで撤廃されたが、2022年7月時点で未だ12の国・地域で輸⼊規制が継続されている。
日本産食品の「放射能汚染」という特殊な風評被害は、福島第一原発の処理水の海洋放出で再び高まりつつある。「近隣諸国との良好な外交関係」と「正しい情報の発信」が必要不可欠である。
日本産食品等の輸入規制問題とは
2023年7月、欧州連合(EU)が日本産食品に課している輸入規制を完全撤廃すると報じられた。EUは、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故を契機に、日本産食品の規制を導入した。
日本の食品安全性確保が進み規制は段階的に緩和されてきたが、現在も福島県産の魚や野生のキノコ類など計10県の一部食品を対象に放射性物質の検査証明書の添付を義務付け、そのほかの都道府県の産品でも一部に同様の証明書を求めるほか、規制地域外で生産したことを示す証明書が必要である。
日本政府は2030年までに農林水産物・食品の輸出額を5兆円に増やす目標を掲げている。2022年は過去最高の1.3372兆円に達した。そのうちEU向けは約5%の680億円であった。8月3日以降に規制が完全撤廃されることで、EU加盟27カ国向けの輸出量拡大が期待されている。
政府は日本産食品の安全性の検査を徹底し、科学的根拠を基に各国に働きかけた結果で、理解が広がりつつあると報じたが、、、、。
諸外国・地域の食品等の輸⼊規制の状況
ところで、2011年3月の福島第一原子力発電所の事故を契機に、日本から輸出される食品等に対し、55の国・地域により放射性物質に関する輸入規制措置が講じられた。この規制は、徐々に緩和・撤廃されてきたが、2022年7月の段階では未だ12の国・地域で輸⼊規制が継続されている。
今回、EUが規制を完全撤廃することで、EFTA(アイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン)、仏領ポリネシアも撤廃に続くとみられている。その結果、輸入規制が残るのは、近隣国である韓国、中国、台湾、香港、マカオ、ロシアである。
輸入規制を撤廃した国・地域
日本産食品の輸入規制をした55の国・地域のうち、現時点では43の国・地域で完全撤廃されている。福島第一原子力発電所の事故から米国は10年を経過し、英国は11年目、今回、EUは13年目にしてようやく輸入規制の撤廃に踏み切ったのである。
この輸入規制の撤廃は、日本との取引関係の少ない国・地域から始まり、徐々に取引関係の多い国・地域に移ってきている。
各国政府には自国民の安全を最優先するという建前がある。「放射能汚染」という特殊な風評被害を乗り越えて、日本産食品の輸入規制を撤廃するには、いかなる技術先進国であっても国民の理解を得て決断するまでに10年超を要するということであろうか。
輸⼊停⽌措置を講じている国・地域
農林水産省によれば、2022年の食料品などの主な輸出国・地域は第一位が中国(2782億円)、第二位が香港(2086億円)、第三位が米国(1936億円)、第四位が台湾(1489億円)、第五位がベトナム(724億円)、第六位が韓国(667億円)、第七位がシンガポール(554億円)と続く。
注目されるのは、近隣国・地域で未だに輸入規制が残る点である。中国(日本からの輸出比率:20.8%)、香港(15.6%)、台湾(11.1%)、韓国(5%)で、その輸出比率の合計は、52.5%と過半数を超える。これら重要顧客である近隣国・地域への働きかけを、政府は最優先すべきであろう。
近隣諸国・地域の人々は福島第一原子力発電所の事故を真近で見聞きしており、中でも日本産食品の輸入量が多い国・地域の人々は、安全性の科学的根拠を説明しても、輸入規制の撤廃に慎重となることは止むを得ない。
国内では、現在も福島県産の食品の一部は、摂取・収穫・出荷を差し控えるよう要請が出されている。安全と言われても、近隣諸国・地域らはみれば福島県の周辺はほぼ一体と見える。
福島第一原子力発電所の事故が起きていなければ、日本産食品の輸入規制などは起きなかった。そのため輸入規制が撤廃されても、日本産食品の輸出はようやく原点に復帰できた段階である。生産者にすれば、ゼロからの出発であることを忘れてはならない。
日本産食品の生産者からすれば、「放射能汚染」という特殊な風評被害を二度と被りたくないと考えるのが当然であり、政府には日本産食品の徹底した安全管理の継続がのぞまれる。
福島第一原発の処理水海洋放出問題とは
東京電力福島第一原子力発電所の事故により、日本産食品の輸入規制問題が起きている。13年目を迎えてた今でも、近隣諸国との間で完全撤廃には至っていない。それに加えて、昨今では福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出問題がクローズアップされている。
日本産食品の生産者、特に水産食品の生産者にとっては、風評被害が再燃・拡大することに大きな危機感を抱かざるを得ないのが現状である。
政府が処理水の海洋放出方針を決定
2021年4月13日、日本政府は処理水の海洋放出方針を決定した。東日本大震災で破壊された東京電力福島第一原子力発電所から排出されている放射性物質を含むおよそ100万トン以上の処理済み汚染水を、福島県沖の太平洋に放出する計画を承認した。海洋放出は2023年に始まる。
この処理水は、同原発の核燃料を冷却するために使用されているもので、飲料水と同じ放射能レベルまで海水で希釈してから放出する。しかし、地元の漁業団体に加えて、近隣の中国や韓国などがこの計画には反対の声を上げている。(このBBCニュースでは、汚染水の希釈放出と読める!)
1979年3月に炉心溶融事故を起こした米国スリーマイル島原発の場合には、事故で生じた放射性物質を含む約8700トンの水を水蒸気として、1991年1月~1993年5月に大気中に放出していた。しかし、主に経済的理由から政府は海洋放出を選択した。
2023年中に100万トン以上を海洋放出
2023年1月13日、日本政府は、福島第一原子力発電所の処理水について2023年中に海洋放出する方針を発表した。政府と東京電力は、処理水についてほとんどの放射性物質の濃度を国の基準値以下に薄める処理を済ませた水と説明した。
国際原子力機関(IAEA)は、この海洋放出案を安全としている。しかし、近隣諸国からは懸念の声がでている。松野博一官房長官は記者会見で、放出時期は「本年春から夏頃と見込んで」いると述べ、「IAEAの包括的報告書の発出」を経ての放出になる見通しを説明した。
福島第一原子力発電所からは、およそ100トン/日の汚染水が発生する。これには地下水、海水、冷却水が含まれる。多核種除去設備(ALPS)でフィルター処理した水が、原発構内のタンクで保管されている。保管される処理水の量は130万トンを超え、保管場所がなくなりつつある。
汚染水に含まれるほとんどの放射性物質はALPSの処理で除去されるが、東京電力によると残るトリチウムの濃度は国の基準を超えている。専門家はトリチウムの除去はきわめて難しく、人間に危険を及ぼすのは大量に取り込まれた場合のみ。(BBCニュースでは、トリチウム濃度は基準を超えている!)
IAEAが処理水の安全性を公表
2023年7月4日、IAEAは福島第一原子力発電所にたまる処理水について、日本による海への放出計画は国際基準に合致しているとする包括報告書を公表した。報告書では処理水の放出が人や環境に与える影響は「無視できる程度」とし、IAEAは岸田文雄首相に手渡した。
IAEAラファエル・グロッシ事務局長は、2年にわたる安全審査の結果は公平かつ科学的なものだと述べ、処理水放出後も日本に関わり続けると約束した。
汚染水に含まれるほとんどの放射性物質はALPSの処理で取り除かれるが、水素の放射性同位体であるトリチウムを水から分離して取り除くのは難しい。世界中の原子力発電所は、福島の処理水を上回る濃度のトリチウムを含む廃水を定期的に放出している。
BBCニュースは、「IAEAの報告書では日本国民や近隣諸国の懸念を和らげることはほとんど不可能だろう」と報じた。地元の漁業関係者は、さらなる風評被害につながると猛反発。中国はIAEAに計画を承認しないよう警告。韓国では食の安全への懸念から、海洋放出前の海塩の買いだめが報じられた。
原子力規制委員会が関連設備の安全性評価を完了
2023年7月7日、原子力規制委員会は、政府が8月にも始める福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出に関し、関連設備の使用前検査の「合格」を示す終了証を東電に交付した。これで政府は海洋放出に向けた安全性の評価作業を全て終了した。
原子力規制委員会は、6月28〜30日に処理水の移送・希釈・放出設備の最終検査を実施しており、海洋放出時のトラブルに備える緊急遮断弁などの性能も現地で確認した。
同日、処理水の海洋放出に反対する中国は、税関総署が日本産食品の輸入規制を強化し、放射能汚染食品の対中輸出を防ぎ、国内消費者の安全を守ると発表した。また、香港政府も海洋放出された場合「リスクの高い地域の海産物や農産品の輸入禁止を検討している」と述べた。
政府は県漁連にIAEAの報告書内容を説明
2023年7月11日、処理水の海洋放出をめぐり、松野博一官房長官は地元漁業者など関係者の理解を得るため「意思疎通を繰り返し、信頼関係を深めていくことが重要」と述べた。
かって2015年に、政府と東電は「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」と福島県漁業協同組合連合会に文書で伝えている。
西村康稔経済産業相は、福島県で同県漁業協同組合連合会の幹部らと面会し、処理水の放出計画が「国際的な安全基準に合致している」と結論づけたIAEAの報告書内容を説明した。県漁連の野崎哲会長は「我々は基本的に処理水の海洋放出には反対」と述べ、折り合うことはなかった。
政府は2021年度の補正予算で300億円を計上し、処理水の放出に関連して海産物の売り上げや需要が風評被害により減った場合の買い取りや保管を支援する基金を創設した。2022年度には漁場の開拓などを支える500億円の別の基金も追加した。
政府は現状、風評対策基金の上乗せや対象範囲の拡大は検討していない。政府基金を通じた補償とは別に東電が風評被害を賠償する仕組みもあるが、その明確な基準は明らかではない。
政府はIAEAのお墨付きを盾に、福島第一原発の処理水海洋放出を進めようとしている。これに対して重要顧客の中国・香港からは反対の声が出ており、風評被害が垣間見えた。当初から福島県の漁業関係者は反対の声を上げており、危惧した通りの展開となりつつある。
そもそも何故、この時期に処理水の海洋放出が必要なのか?福島第一原発の事故から、現在までの経緯を見直してみよう。
2024年9月、日中両政府が、東京電力福島第一原発の処理水海洋放出を巡る対立を解消する方向で一致したと報じられた。国際原子力機関(IAEA)主導で海水や魚類の調査などのモニタリングを拡充することで日本政府と合意し、中国は拡充措置が取られたら日本産水産物の輸入を着実に回復させる方針という。
IAEAは各国の分析機関と連携し、福島第一原発周辺の複数海域で海水や海底土のサンプル採取で、放射性物質の数値の監視も行っているが、新たな対応として、中国を含めた監視態勢の拡充案が有力で、今後、採取地点を増やすことなども検討する。
福島第一原発の過去を振り返る!
現在、福島第一原子力発電所からは、90トン/日の汚染水が発生する。これには地下水、海水、冷却水が含まれる。多核種除去設備(ALPS)でフィルター処理した水が、原発構内のタンクで保管されている。保管される処理水の量は130万トンを超え、保管場所がなくなりつつあると報じられた。
そもそも、90トン/日の汚染水が発生するなら、すべてタンクに保管しても12年間で約39万トンである。何故、処理水の量が130万トンを超えているのか?
福島第一原子力発電所の立地の問題
2011年3月11日、東日本大震災で15mの大津波に襲われた福島第一原子力発電所の立地場所が、建設前は海抜35mの河岸段丘であった。東京電力が1964年までに買い上げた原発建設地(約350万m2)は、旧日本軍飛行場があった場所で、海岸線に険しいがけが続く台地であった。
地質的にみると、台地の地表から海水面までの2/3部分には地盤が弱い段丘堆積物や中粒砂岩層であった。当時、さまざまな建設方法が検討されたが、地盤強度や原子炉を間接冷却する海水の取り入れを考慮した結果、地表から25m下にある比較的しっかりした泥岩層まで掘り下げる決定がなされた。
欧米の原発では発生した余剰の熱を廃棄するため、巨大な冷却塔が設置されている。しかし、日本のすべての原発は海岸に設置されており、海水で冷却する方式のため冷却塔は無い。海水をポンプで汲み上げるためにも、経済性を考えて海抜10m程度まで掘り下げたのである。
その結果、東電が想定した5.7mをはるかに超える15mの津波の直撃を受け、福島第一原発は高濃度の放射能漏れが続くレベル7という危機的状況に陥った。今さらであるが、海岸段丘を掘削せず建屋の基礎を泥岩層まで深く打ち込めば、地震と津波の両方の対策ができたであろう。
津波対策を軽視した結果であることに間違いない。古来より多くの津波被害が報告されている日本では、原発を海岸線に設置すること自体を再考する必要がある。
ところで、この海岸段丘の掘削は想定外の問題を引き起こしていた。「土木技術」(1967年9月号)によると、標高32mから掘削を始めると26.5m付近から湧水が発生したことが記載されており、泥岩層の上の砂岩層が地下水を通し、福島第一原発の建屋下部は常に大量の地下水に曝されていた。
運転開始当初から福島第一原発の1~4号機の周囲にはサブドレンが59本も設置され、ポンプで吸い上げられた1000トン/日規模の地下水が、毎日、構内の排水路を通じて海へ排出されていた。この地下水が事故後の汚染水の増加に大きな影響を及ぼす。(読売新聞、2023年7月4日25特別面)
汚染水を減らすための対策
福島第一原発の事故では水素爆発で建屋が損傷し、炉内の燃料が溶け落ちて固まった燃料デブリが、今なお原子炉の底部に残っている。膨大な熱を発する燃料デブリは常に水で冷却し続ける必要があり、核燃料に直接触れることで高濃度の放射性物質を含んだ水、いわゆる高濃度汚染水となる。
事故の1か月後には、この高濃度汚染水が海に流れ出していることが判明し、漏出経路の特定と遮断が最優先で進められた。併せて、膨大な量の汚染水を減らすために、汚染水を浄化して再循環させ炉心を冷却する仕組みの構築が進められた。(読売新聞、2023年7月5日24特別面)
詳細は後述するが、事故に伴う汚染水の浄化処理については未経験ため、海外からの技術支援を受けながらスピード最優先で進める必要があり、浄化装置の破損や汚染水貯留タンクからの漏出事故が相次ぎ、福島県の漁業関係者の信用を大きく失う結果となった。
しかし、汚染水が建屋外に流れ出るのを防ぐため、建屋の中に滞留する汚染水3500トンの水位を、建屋周辺の地下水の水位よりも低く保つ必要がある。その結果、建屋周辺の地下水は水位の低い建屋内に流れ込み、建屋周辺の雨水なども流入するため、汚染水の増加を止めることはできていない。
汚染水を減らすために様々な対策が試行錯誤的に施されてきた結果、汚染水の発生量は、2014年5月(対策前)の540トン/日から、2017年には220トン/日、2023年には90トン/日と減少傾向にある。しかし、現時点でも汚染水は90トン/日で増え続けているのである。
汚染水を海に漏らさない対策
【海側遮水壁】地下水・汚染水の海への流失を防止するため、長さ21~26mの鋼管594本を海に打ち込み接合し、全長780mの壁を設置したが、完成は2015年であった。
【海側地下水ドレン】海側遮水壁の内側に新たに5本のサブドレンを設置し、地下水をくみ上げて建屋に流入する量を抑える。くみ上げた地下水は浄化処理し、放射性物質の濃度の基準(運用目標)を下回ることを確認して排出する。
浄化処理における放射性物質の濃度の基準(運用目標)
https://www.tepco.co.jp/news/2015/images/150825a.pdf
セシウム134: 1ベクレル/リットル未満
セシウム137: 1ベクレル/リットル未満
全ベータ : 3(1)ベクレル/リットル未満*
トリチウム : 1,500ベクレル/リットル未満
*:10日に1回程度のモニタリングで1ベクレル/リットル未満を確認
汚染源に水を近づけない対策
【陸側遮水壁(凍土壁)】1~4号機の建屋周囲の地中に長さ25~30mの凍結管を打ち込み、-30℃の冷却液を循環させて周囲の地盤を凍結させる。2016年3月から凍結を始めて2年近くで全面凍結の予定であったが、冷却液漏れのトラブル発生などもあり効果は限定的といわれている。
【フェーシング】凍土壁で囲い込んだ範囲の地表をモルタルなどで覆い、雨水が土に浸透して地下水になることを防止する。完璧を目指して、き裂や継ぎ目の補修が継続されている。
【地下水バイパス】山側の高台に新たに12本の井戸(地下水バイパス)を設置し、建屋に流入する量を抑える。くみ上げた地下水は東京電力と第三者機関で分析をおこない、放射性物質の濃度の基準(運用目標)を下回ることを確認して排出する。
【サブドレイン】事故後に稼働している46本を使い、建屋内の汚染水が流出しないよう地下水の水位の制御がサブドレインを使って行われている。
今話題の処理水とは異なり、サブドレン・地下水ドレン水の浄化・排水は、原子炉建屋に入り込んだ汚染水ではないが、2015年から東京電力が福島県漁業協同組合連合会の了解を得て海洋への排出が進められおり、その総量は235万トンにのぼる。(読売新聞、2023年7月5日24特別面)
海洋放出に反対の声を上げる福島県の漁業関係者は、科学的根拠に基づく安全性に疑問を感じているのではないだろう。処理水の海洋放出で生じるであろう『アンコントローラブルな風評被害』に危惧している。ならば、IAEA報告書内容の説明など、全く意味をなさない。
2013年9月、当時の安倍晋三首相は東京五輪招致に向けた国際オリンピック委員会総会の場で、福島第1原発の状況を『アンダーコントロール』と語った。汚染水が500トン以上/日で増え続けている時である。当時の日本産食品への風評被害は、もっと深刻であった。
汚染水の浄化処理
福島第一原発の事故直後、燃料デブリ冷却のために注水を継続する必要から、生じた汚染水からセシウムやストロンチウムを除去し、再び原子炉に循環させて利用する仕組みが急がれた。緊急で事故処理ノウハウのあるフランスのアレバと米国キュリオンの放射性物質除去装置が導入された。
しかし、装置トラブルが連続して十分な性能を発揮できないため、新たに東芝が開発した単純型汚染水処理システム「サリー(第二セシウム吸着装置)」(SARRY:Simplified Active Water Retrieve and Recovery System)が導入され、2011年10月頃から主力の浄化装置として稼働を始めた。
その後、「サリー」でセシウムやストロンチウムを除去した後、「淡水化装置」を経て、多核種除去設備「アルプス」(ALPS:Advanced Liquid Processing System)により、汚染水に含まれている62種の放射性物質が除去されている。しかし、ALPSではトリチウムが除去されていない。
このALPSは、2013年3月に試運転を始めた東芝製の既設ALPSと、放射性物質の除去性能を向上させた増設ALPS、日立GEニュークリア・エナジー製の高性能ALPSの3種類がある。いずれも2014年10月頃から本格稼働している。ALPSで浄化処理された処理水は、構内のタンクに貯蔵されている。
ALPSが稼動するまでは、サリーでセシウム・ストロンチウムを取り除いた高濃度汚染水を構内のタンクで貯蔵し、敷地境界の放射線量は基準を大幅に超過していた。しかし、2015~2016年には高濃度処理水もALPSによる浄化処理が進み、敷地境界線量の基準をクリアする状況に改善されている。
タンクへの貯蔵
福島第一原発の事故後、大量に発生する高濃度汚染水を貯蔵するため納期優先でボルト組立型(フランジ型)タンクが使われたが、ゴムパッキンからの漏洩トラブルが発生して非難が相次ぎ、三井造船製の溶接型タンクへの切り換えが進められた。
2017年からは、フランジ型タンクに貯蔵しているALPS処理水についても、漏洩リスクの少ない溶接型タンクへの更新が行われ、2019年3月に完了した。
タンクは津波対策として敷地内の海抜30m以上の高台に設置されており、漏えい時に系外への流出を防ぐ目的でタンクエリアの周囲に二重の堰が設置された。また、雨どいや堰カバーが付帯され、雨水の堰内への流入を抑えている。
2020年12月、構内に全容量が約137万m3のタンクの設置が完了した。ALPS処理水の貯蔵タンク基数は1046基(測定・確認用タンク:30基含む)で、ストロンチウム処理水と呼ばれるALPS処理前の汚染水を貯蔵するタンクが24基、その他、淡水化装置(RO)処理水12基、濃縮塩水1基がある。
福島第一原発の事故後、3年半を要してALPSによる汚染水の浄化処理とタンクへの貯蔵がようやく定常化された。しかし、スピード優先で対策を進めざるを得なかったことで、たびたび汚染水の漏洩トラブルを招き、福島県近隣の漁業関係者の信用を大きく損なうことになった。
ALPS処理水の海洋放出
東京電力は、ALPS処理水の海洋放出を行う際には、トリチウム以外の放射性物質の濃度が国の基準を満たすまで再浄化処理(二次処理)を行い、トリチウムの規制基準を十分に満たすよう海水で希釈して海洋放出すると公表している。
海洋放出の対策
【二次処理設備】ALPSは汚染水に含まれる62種類の放射性物質を、国の基準以下の濃度に低減する浄化能力を有している。しかし、設備の不具合等により基準を満たしていない処理水については、再浄化処理 (二次処理)を行う。
【測定・確認用設備】ALPS処理水に含まれるトリチウム、62種類の放射性物質、炭素14を希釈前に測定(第三者機関による測定を含む)し、それぞれが環境への放出に関する規制基準値を確実に下回るまで浄化されていることを確認する。
【希釈設備】海水希釈後のトリチウム濃度が1500ベクレル/L未満となるよう、100倍以上の海水で希釈する。年間トリチウム放出量は22兆ベクレルを下回る水準とする。放出中は毎日サンプリングし、トリチウム濃度が1500ベクレル/Lを下回ることを確認し、速やかに公表する。
【取水・放水設備】港湾内の放射性物質の影響を避けるため、港湾外からの取水とする。また、放出した水が取水した海水に再循環することを抑制するため、海底トンネル(約1km)を経由して放出する。
【緊急遮断弁】希釈用の海水ポンプが停止した場合、緊急遮断弁を速やかに閉じて放出を停止。海域モニタリングで異常値が確認された場合も、一旦放出を停止する。津波対策の観点から防潮堤内に1台、放出量最小化の観点から希釈海水と混合する手前に1台を設置する。
廃炉作業はすでに始まっているが、40年かかる可能性があるとされる。燃料デブリを完全に取り出すまで、現状では90トン/日の汚染水が発生し続けるのである。このタイミングでなくても、いずれ処理水の処分を行わざるを得ない時がくる。
しかし、政府が「ロシアのウクライナ侵攻」や「中国の覇権的動き」を非難しているこの時期に、処理水の海洋放出を強行すれば、風評被害が拡大することは間違いないであろう。
廃炉に向けた敷地再編
東京電力は福島第一原発(約350万m2)の廃炉に向けて、敷地北側を廃棄物を処理・保管するために活用するエリアとし、敷地南側には多核種除去設備等処理水を貯蔵するタンクや使用済燃料・燃料デブリの一時保管施設に活用するエリアへと敷地の再編を検討している。
今後、廃炉が進めば瓦礫類(金属、コンクリート)、汚染土、水処理二次廃棄物などが大量に出てくることは間違いない。そのため廃棄物を減容化処理する設備と安全に保管する建屋が必要がある。一方、90トン/日の汚染水の浄化処理は継続され、タンクによる保管は継続する必要がある。
さらに重要なのは、使用済み燃料プールで保管されていた膨大な量の燃料と炉心から取り出された燃料デブリの一時保管施設の設置であり、約81,000㎡の土地が必要と試算されている。一時保管施設としているが、最終処分場の見通しが立たないため、いつまで一時保管するかも未定である。
原発処理水の海洋放出開始
2023年8月24日海洋放出開始
2023年8月24日午後1時ごろ、東京電力は福島第一原発にたまる処理水を太平洋に放出する作業を開始したと発表。政府は22日に処理水の放出作業を24日に開始すると決定し、これを受けて東電は処理水を海水で希釈する作業を始めていた。放出完了には、30年程度という長期間が見込まれている。
最初となる今回の海洋放出は、約7800トンの処理水を海水で薄めた上で17日間かけて行う方針。今年度の放出量は貯蔵量の約2%にあたる約3万1200トンの処理水を4回に分けて放出する。初回の処理水はトリチウム濃度を190ベクレル/L程度まで下げる。
日本政府は2021年4月に、海洋放出計画を発表。その後、国際原子力機関(IAEA)は2年にわたる評価の末、2023年7月に国際基準に合致しているとする包括報告書を提出した。
しかし、原発周辺に住む住民や近隣のアジア・太平洋諸国の一部からは、海洋汚染や風評被害への懸念の声が上がっており、なお物議をかもしている。
今回の海洋放出は、多くの科学者が安全だと述べている。水の処理過程と放出計画は、国際原子力機関(IAEA)により綿密に精査され、保守的な安全基準さえ順守していることが判明している。IAEAは報告書で、処理水の放出が人や環境に与える影響は無視できる程度とした。
一端、原発処理水の海洋放出を始めたからには、東京電力は当事者として安全に細心の注意を払いながら、海洋放出を粛々と続ける必要がある。長期間にわたり絶対にミスは許されない。
一方、政府は多くの国が海洋放出に理解を示していることに慢心せず、反対する国・地域に対して粘り強く説得を続けて、風評被害を最小限に抑える努力が不可欠である。
海洋放出後に行われた表明
当事者である政府、東京電力、国際原子力機関(IAEA)は、海洋放出の開始を受けて、以下の表明を行った。その内容は、データの公表、安全性の確保、風評対策、監視と評価活動の継続である。
岸田総理大臣は、官邸で記者団に対し「IAEAとしても連日高い頻度での原子力発電所からのモニタリングデータのライブ配信をはじめ、国際社会が利用できるさまざまなデータの公表など、透明性の向上に資する取り組みを実施していく予定だと承知している。先日、福島第一原発を訪問した際には、私自身、IAEAが常駐する予定のスペースも確認した。日本政府として緊張感を持って全力で取り組んでいく」と述べた。
東京電力の小早川社長は、記者団の取材に対し「今日から処理水の放出を開始したが、引き続き、緊張感を持って対応していく。処理水の放出は廃炉が終わるまで長い時間がかかるので、その間、安全性を確保し、地元の人たちの信頼に応えていく必要がある。風評対策や迅速かつ適切な賠償などについて、全社を挙げて持続的に対応し、風評を生じさせない、県民の信頼を裏切らない、という強い覚悟のもと、社長である私が先頭に立って対応にあたっていく」と強調した。
国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は声明を発表し、「IAEAの専門家は国際社会の目の役割を果たし、放出活動がIAEAの安全基準に合致していることを保証するため現地にいる」として、福島にIAEA事務所を設置して監視と評価活動を続ける方針を改めて強調した。
また、トリチウムなどの放射性物質を含む処理水を、基準以下の濃度に薄めて海洋放出する活動が計画通り否かをリアルタイムで知らせるウェブサイトを公開。データは東京電力から入手する。
ウェブサイトでは作業の各段階ごとに数値と印が表示され、計画通りであれば緑印、東京電力による対応が必要な異常値が示された場合は赤印で知らせる。図1は8月29日午前6時のデータで、海洋放出される水に含まれるトリチウム濃度は、208ベクレル/Lと排出基準以下である。
一方、終始、処理水の海洋放出に反対の意向を示してきた全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本会長のコメントは、「すでに発生している風評被害への可及的速かな対応を強く求める」であった。
全魚連の坂本会長は「我々が処理水の海洋放出に反対であることはいささかも変わりはない。国が全責任を持って放出を判断したとはいえ、今、この瞬間を目の当たりにし、全国の漁業者の不安な思いは増している。我々、漁業者は安心して漁業を継続することが唯一の望みだ」と発言した。
その上で、「国には安全性の確保や消費者の安心を得ていく取り組みなどを通じて『漁業者に寄り添い、必要な対策を取り続けることをたとえ今後数十年にわたろうとも、全責任を持って対応する』との岸田首相の約束を確実に履行して頂きたい。加えて、現在、すでに発生している風評被害への可及的速かな対応を強く求める」と強調した。
海洋放出前後の様々な反応
国内では処理水の海洋放出反対の抗議集会が各地で開催されている。また、福島県の住民や漁業関係者による国と東京電力に海洋放出停止を求めた訴訟を始めることが発表された。
近隣諸国からは、良好な外交関係を維持している国々からは、処理水の海洋放出には一定の理解を得たものの、中国、香港政府、マカオ政府からは水産物を中心に輸入の一次停止・禁止が発表された。
国内の海洋放出反対
マスコミ報道によると、福島県以外でも北海道、香川県、大阪府、広島県などの各地で「処理水の海洋放出反対」を掲げた抗議集会が開催された。以前から首相官邸前では抗議活動が行われてきたが、8月18日と22日にも市民約250人が集結し、「約束を守れ!、汚染水を海に流すな!」の声を上げた。
2023年8月23日、処理水の放出に反対する福島県の住民や漁業関係者は、原子力規制委員会に海洋放出計画の認可の取り消しを求める行政訴訟と、東京電力に放出の差し止めを求める民事訴訟を、9月8日に福島地方裁判所に起こすことを発表した。
海洋放出は、8年前に政府と東京電力が福島県漁連と結んだ「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を無視する行為で契約違反であり、住民が平穏に生活する権利を侵害し、海に関わる人たちの生活の基盤を壊すと主張している。
近隣諸国の反応
韓国
2023年8月17日、韓国・釜山の環境団体が東京電力に処理水放出の差し止めを求めた訴訟で、釜山地裁は原告の請求を却下した。原告側は判決後、控訴する方針を明らかにした。
原告は提訴の根拠として、海洋汚染の防止を目的としたロンドン条約及び議定書、放射性廃棄物等安全条約を挙げたが、条約などは締結国間の紛争解決手続きを定めたもので「国民に直接訴える権利を与えたとみなすことはできない」とした。
2023年8月23日、野党・民主党や市民団体による抗議があり、ソウル中心部では環境運動の市民団体などが集会を開き、「放射性物質の投棄は、海を汚す非文明的行動であり、直ちに中止すべきだ。日本の放出を擁護する尹 錫悦政権も共犯だ」などと批判した。
国会で過半数を占める最大野党「共に民主党」の李在明代表は、党の緊急会議で「国際社会の懸念と反対にもかかわらず、日本は人類最悪の環境災害の道を選んだ。第2次世界大戦の時、銃と刀で太平洋を踏みにじったとすれば、いまは放射性物質で人類全体を脅かす形だ」と強く批判した。
2023年8月24日、大学生とみられるグループが在韓日本大使館に突入しようとし、騒ぎとなった。BBCのジーン・マケンジー・ソウル特派員は、6月の世論調査では回答者の84%が処理水の放出に反対すると答えたと報じた。
2023年8月24日、韓国の韓悳洙首相は、処理水の放出開始からおよそ30分後に、国民に向けた談話を読み上げ、「科学的基準と国際的手続きに従って放出されるのであれば、過度に心配する必要はないというのが世界中の専門家の共通意見だ」と指摘した。
「韓国政府は、関連する情報を確保して徹底的にモニタリングし、水産業を守るためのさまざまな支援策を展開する。日本産水産物の輸入規制も維持する」、「国民を最も脅かすのは、科学に基づかない偽ニュースと政治的利益のための虚偽の扇動だ。誤情報で国民を混乱させてはならない」と強調した。
韓国との良好な外交関係による成功である。前政権であったなら、韓国政府の動きは全く異なったものとなったであろう。しかし、韓国の一般市民には放出反対の人々が相当数いて、風評被害が拡大する可能性がある。放出基準に即した継続的な情報発信を継続する必要がある。
一方、従来の福島県など15県からの水産物や食料品の輸入停止措置は継続している。
中国
2023年8月24日、中国外交部は処理水の海洋放水が始まった直後に声明を発表。「日本が利己的な利益のために人々に二次的な被害を与えていると非難し、汚染された水の処理は国境を越えた原子力安全上の大きな問題だ」と指摘した。
同日、中国の税関当局は冷凍や乾物を含む日本の水産物の輸入を全面的に一時停止すると発表した。(国内のマスコミの多くは全面禁輸と報じたが!?)中国はこれまでも、福島県など周辺10都県の水産物や食料品の輸入停止措置を実施していた。
中国の税関当局は、「福島の核汚染水が食品の安全に対してもたらす放射性物質による汚染のリスクを全面的に防いで中国の消費者の健康を守り、輸入食品の安全を確保する」とし、「日本の食品の汚染リスクの確認を続け、日本から輸入される食品に対する監督管理を強化する」とした。
2023年8月24日、中国外務省の汪文斌報道官は記者会見で「断固たる反対と強烈な非難を表明し、日本にはすでに厳正に抗議した。間違った行為を日本にやめるよう求める。日本の行為は全世界にリスクを転嫁し、痛みを子や孫世代に与え続けるもので、日本は生態環境の破壊者、そして海の汚染者となる。日本は長期にわたって国際社会の非難を受けることになる」と述べた。
中国のSNSウェイボーでは放出開始をめぐる話題が一時、検索ランキングのトップとなり「今後日本料理は食べない」、「仕事はせずに日本に抗議する」など日本への反発の声が上がった。中には、「福島で放射線量が瞬時に上がった」など根拠のない投稿も拡散した。風評被害の拡散である。
2023年8月24日、国内のマスコミ報道によると、香港政府とマカオ政府は東京、福島、千葉、宮城など10都県からの水産物や、肉や野菜などの輸入を禁止するとした。これまでは福島県からの水産物の輸入停止措置を行使していた。
完壁な外交の失敗である。事前に海洋放出説明を打診したが、中国から拒否されたとの情報もある。中国は海洋放出すれば相応の対抗措置を行うと事前に通告しており、それを無視した結果である。政府が反意を示せば、中国で一般市民に風評被害が拡大しても不思議はない。
台湾
2023年8月24日 台湾外交部の劉永健報道官は「科学的な問題では専門家を尊重する」とした上で「日本に対し、国際的な基準に合致する形で放出を行うよう、引き続き促していく」と述べた。従来の福島県など周辺5県からの食料品の輸入停止措置は継続している。
台湾の原子力委員会が事故後10年間の海流データでシミュレーションした結果、処理水は主に米国西海岸に広がり、一部は約1~2年で台湾付近に達し、4年後にトリチウム濃度が最大となるが、台湾海域に自然に存在するトリチウム濃度よりはるかに低く、安全面の影響は無視できる程度とした。
フィリピン
フィリピン外務省は、「処理水の海洋放出については、科学的かつ事実に基づいた観点から、この地域の海洋への影響を引き続き注視していく。島しょ国家として、フィリピンは海洋環境の保護と保全に最大の優先順位を置いている」と発表した。
その上で、IAEAが海洋放出を国際的な安全基準に合致していると結論づけたことから、「この問題に関するIAEAの技術的専門性を認識している」とし、一定の理解を示した。
太平洋諸国
太平洋地域でも、海洋放出に反対する声が上がってた。太平洋の島国には約230万人が住んでおり、そのほとんどが食料と収入を海に頼っている。各国首脳らは、海洋放出が人々に与える長期的な影響が分からないことに懸念を表明した。
2023年6月、太平洋諸島フォーラム(PIF)は、日本の放出計画が核廃棄物の処分を検討している他の国々にとって危険な前例となると指摘した。しかしその後、クック諸島やフィジーなどは日本の計画に理解を示していると表明した。
2023年8月22日、クック諸島のブラウン首相(PIF議長)は、処理水の海洋放出は「国際的な安全基準を満たしている」と信じていると表明し、「科学の知見を判断する」ようフォーラム国に促した。
北朝鮮
2023年8月24日、北朝鮮外務省は、国営の朝鮮中央通信を通じて報道官の談話を発表した。談話では「国内外の強い抗議と反対を無視したまま、核汚染水を海に放出することこそ、人類に核の災難をもたらすこともためらわない犯罪行為だ」と非難した。
ロシア
2023年8月24日、ロシア外務省のザハロワ報道官は、国営のロシア通信を通じて「状況の推移を注意深く監視している。日本政府は放出した水が環境に及ぼす影響について、完全な透明性を示し、すべての情報を提供することをわれわれは期待している」と述べた。
同年7月、ロシアの衛生当局は、放射性物質を含む水産物が国内に流通するのを防ぐため、日本産の水産物や加工品を「輸入する際の検疫や流通の管理を強化するよう各地の機関に指示した」と発表。
良好な外交関係を維持している国々からは、処理水の海洋放出には一定の理解を得た。一方、米中対立などで外交関係がギクシャクした状況下なので、中国の強固な反発は当然予想されるべきである。処理水の海洋放出の開始により、実際に風評被害は拡大している。
海洋放出に関する専門家の意見
経済産業省は、福島第一原発からの処理水の海洋放出に関する安全性を、次にように公開説明している。すなわち、国際原子力機関(IAEA)による報告書を拠り所として、「環境や人体への影響は考えられません。」と言い切っている。
本当に海洋放出して大丈夫なの?
ALPS処理水とは、東京電力福島第一原子力発電所の建屋内にある放射性物質を含む水について、トリチウム以外の放射性物質を、安全基準を満たすまで浄化した水のことです。トリチウムについても安全基準を十分に満たすよう、処分する前に海水で大幅に薄めます。このため、環境や人体への影響は考えられません。
また、海洋放出の前後で、海の放射性物質濃度に大きな変化が発生していないかを、第三者の目を入れた上でしっかりと確認し、安全確保に万全を期します。
国連の機関であり、原子力について高い専門性を持つIAEAも、ALPS処理水の海洋放出は「国際安全基準に合致」し、「人及び環境に対する放射線影響は無視できるほどである」と、包括報告書で結論付けています。
本当に海洋放出しても大丈夫なの?|ALPS処理水(METI/経済産業省)
IAEAによるチェックは放出前だけでなく、放出後まで長期にわたって実施されます。
福島第一原発の処理水の海洋放出に関して、国内のマスコミの論調は押し並べて賛意を表する情報発信が強いようである。一方、世界的には処理水の海洋放出に関して、どのような情報発信が行われているのであろうか?特に、専門家の意見が気になるところである。
ロイターの発信
2023年7月7日 国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は、福島第一原発の処理水放出が国際的な安全基準に合致していると結論付けた報告書について、携わった専門家チームの1人か2人は懸念の声を上げた可能性があることを明らかにした。
報告書にはオーストラリア、中国、フランス、韓国、米国などの専門家11人が関わった。中国共産党系メディアの環球時報は、IAEA作業部会の中国の専門家Liu Senlin氏が、性急な報告書作成に失望していると伝えた。専門家からのインプットは限られ、参考程度にしか使われなかったと述べた。
ロイターの取材に対してグロッシ事務局長は、「IAEAの報告書は処理水の海洋放出計画を認めるものではなく、日本政府が最終決定を下さなければならない」とも発言した。「IAEAは計画の承認も推奨もしていない。計画が基準に合致していると判断した」とも述べている。
グロッシ事務局長の発言は責任回避ともとれるが、IAEAの専門家は「ALPS処理水を海水で希釈して行う東京電力の海洋放出計画は、一般の原子力発電所からの排水基準に合致している」と報告しており、必ずしも今回の海洋放出の安全性を担保している訳ではない。
BBCニュースの発信
2023年8月27日、BBCニュースでは、大多数の専門家は海洋放出に賛成している。しかし、全ての科学者が同意しているわけではないと発信している。
影響は少ない派
トリチウムはあらゆる場所で観測できるもので、多くの科学者が濃度が低ければ影響も最小限と、表明している。そこで、東京電力は海洋放出する水のトリチウム濃度は、「1リットル当たり1500ベクレル未満」を運用上の基準としている。
この基準値は、世界保健機関(WHO)が飲料水におけるトリチウム濃度の上限としている「1リットル当たり1万ベクレル」のさらに1/6に相当する。
英国ポーツマス大学のジェイムズ・スミス教授(環境・地質学)は、排水は貯留時に処理プロセスを経て、さらに希釈されており理論上は飲めると話した。フランスで放射能レベルを測定する研究所を運営する物理学者のデイヴィッド・ベイリー氏も同意見で、重要なのはトリチウムの濃度と話した。
2023年8月23日、読売新聞は、英国の科学振興団体はオンライン形式で記者会見を行い、英科学者2人が海洋放出は安全性に問題はないとの見解を示したと発表。香港政府などが発表した福島県などからの水産物の輸入禁止措置については「科学的な理由は何もない」と述べた。
ポーツマス大のジム・スミス教授は「放射線防護を専門とする科学者の中で放出に反対している人は一人も知らない」。インペリアル・カレッジ・ロンドンのジェラルディーン・トーマス元教授は「福島周辺の物を食べたり、飲んだりしてはいけない理由は何もない」と強調した。
影響は予測できない派
一方、海洋放出の影響は予測できないと指摘する科学者もいる。海底や海洋生物、人間に与える影響に関する研究がもっと必要だという批判もある。
米国ジョージ・ワシントン大学のエミリー・ハモンド教授(エネルギー・環境関連法)は、「放射性核種(トリチウムなど)が難しいのは、非常に低いレベルでの放射線被曝において何が安全と言えるのかという問題で、環境や人体への影響がゼロになるわけではない」と述べた。
米国ハワイ大学の海洋学者ロバート・リッチモンド氏は、「放射性物質や生態系に関する影響評価が不十分で、日本は水や堆積物、生物に入り込むものを検出できないのではないかと、とても懸念している。もし検出しても、それを除去することはできない」と述べた。
環境保護団体グリーンピース東アジアの原子力専門家ショーン・バーニー氏は、米国サウスカロライナ大学の科学者が2023年4月に発表した論文を引用し、植物や動物がトリチウムを摂取すると生殖能力の低下やDNAを含む細胞構造の損傷など、直接的な悪影響を及ぼす可能性があると述べた。
2023年6月28日、Yahooニュースでは、海洋放出の評価と検証が原子力の専門家を中心に行われ、海洋生物学者や放射線医学のような分野の専門家の見解が十分に反映されていないとする韓国ハンバッ大学のオ・チョルウ講師(科学技術学)の論評を公表。その中から専門家の意見を以下に抜き書きする。
●2022年8月22日、18カ国からなる太平洋諸島フォーラム(PIF)が任命した独立の専門家パネルは、日本のメディア「ジャパンタイムズ」で東京力電のデータを分析したところ安全性が不確実なため、放出は無期限延期し、さらに調査と検討を行うべきだと主張した。
●2022年12月、100の海洋学研究所が集う全米海洋研究所協会(NAML)は、「日本による放射能汚染水放出に対する科学的反対」と題する声明を発表した。
●2023年5月、1985年のノーベル平和賞受賞団体「核戦争防止国際医師会議(IPPNW)」が、「太平洋を放射性廃棄物の処理場として使用しようという計画を中止し、海と人間の健康を保護するオルタナティブな方法を追求する」とした声明を理事会で採択した。
●2023年5月25日、米国ウッズホール海洋研究所の海洋環境放射能センターの責任者ケン・ベッセラー氏は「汚染水の放出が太平洋を取り返しのつかないほど壊すことはないだろうが、かといって心配しなくても良いというわけではない」とし、放射性核種をろ過する装置が効果的かどうかが透明に立証されていない中で放出を推進することに懸念を示した。
BBCニュース(2023年8月26日)は英語版で世界に発信されたものである。賛意を示す専門家もトリチウムの海洋放出を安全とはいっていない。十分に希釈するので影響は少ないといっている。一方、海洋放出を危惧する専門家は、放射性物質や生態系に関する影響評価が不十分なため影響は予測できないためとしている。
当事国としては、世界、近隣諸国に流れている情報を直視して対応する必要がある。既に起きている風評被害を最小限に抑え込み、長期化させないことが重要である。
海洋放出後の課題
漁業関係者らが心配していた範囲を超え、日本全国が影響を受ける大きな風評被害が押し寄せてきている。高を括っていた政府は批判されて当然で、なぜ想定以上の風評被害に至ったのかを反省し、煽るのではなく、風評被害の沈静化に向けた対策を強化する必要がある。
一方、タンクが減れば、廃炉作業で発生する放射性廃棄物の保管などの敷地が確保できる。次は、遅れ気味となっている核燃料デブリの取り出しである。並行して膨大な量の放射線廃棄物の処理と、高レベル放射性廃棄物(核のゴミ)の最終処分場を決める必要がある。まだまだ、先は見えない。
安全から安心へ向けて
2023年8月、東京電力は、海洋放出の状況を知りたいというニーズに応えてALPS処理水に関するポータルサイトを刷新した。
経済産業省も、福島第一原発近傍の海水中トリチウム濃度の分析結果について、「異常なし」表示と、「放出停止判断レベルを超える」警告表示が、一目でわかるウェブサイトを公開した。
しかし、ウェブサイトで公開したから終わりではない。一端、原発処理水の海洋放出を始めたからには、東京電力は当事者として安全に細心の注意を払いながら、海洋放出を粛々と続ける必要がある。今後、30年間以上の長期にわたりミスは許されない。理解を得た国々からの信頼を失わないために!
政府は処理水の海洋放出について、科学的な安全性を柱に各国の理解を得ようとした。しかし、これは日本との信頼関係があることが前提で、信頼関係が存在しなければ、その国・地域の人々の社会的な安心を得ることはできない。
漁業関係者らが心配していた範囲を超え、日本全国が影響を受ける大きな風評被害が押し寄せてきている。高を括っていた政府は批判されて当然で、なぜ想定以上の風評被害に至ったのかを反省し、煽るのではなく、風評被害の沈静化に向けた対策を強化する必要がある。
2023年10月25日、汚染水を浄化する多核種除去設備(ALPS)の配管洗浄中、放射性物質を含む廃液を5人が浴び、協力企業の作業員2人が除染と経過観察のため入院した。発生当初、飛散した廃液は100mL程度とのが、実際の飛散量は数L程度で東京電力への批判が上がった。
2024年1月、東京電力HDは、2023年8月に開始した処理水の放出について、2024年度は7回に分けて5万4600トンほどを放出する計画で、2023年度と同じく1回当たり7800トンを流すと公表した。同年度には貯留タンクを20基程度解体する。
2024年2月7日午前、福島第一原発で汚染水浄化装置の排気口から、水漏れが発見された。漏れた水量は精査した上で1.5トン、66億ベクレルで、一部が現場の土壌にしみ、漏れた水と汚染土を回収された。
水は放射性セシウム吸着装置の水素排気口から漏れた。装置は停止しており弁の点検のため洗浄作業中だったが、本来閉めるべき16カ所の弁のうち10カ所開いていたことが原因で、人為的ミスである。東京電力の安全対策のレベルの低さが露呈された。
2024年9月、政府は、福島第一原発の処理水海洋放出を巡り、国際原子力機関(IAEA)による海水などのモニタリング(監視)を拡充した上で、中国政府が日本産水産物の輸入再開で合意したと発表。中国外務省は、「中国の立場は変わらず、日本産水産物の輸入を即刻全面的に再開することを意味しない」としている。
IAEAはこれまで、薄めて放出する前の処理水や原発周辺の海水の試料を採取し、中国を含む各国の分析機関に送り検査結果を比較して安全性を検証してきた。今後は、IAEA立ち会いの下、中国を含む各国が処理水や海水・海底土を直接採取する。調査範囲の拡大を求めてきた中国に配慮する狙いがある。
廃炉の遅れ/核燃料デブリの取り出し
2023年8月24日、西村経済産業大臣は「福島第一原発の廃炉を成し遂げること、そして福島の復興を実現していくことは最重要課題だ。海洋放出が始まることで、廃炉に向けた大きな一歩を踏み出した」と話した。タンクが減れば、廃炉作業で発生する放射性廃棄物の保管などの敷地が確保できる。
1979年3月に炉心溶融事故(レベル5)を起こしたスリーマイル島原発2号機は、1985年10月に炉内の核燃料約130トンのうち溶けて固まったデブリの取り出しを開始。1990年1月までに99%を取り出し、アイダホ国立研究所で保管。残り1%については遠隔操作による取り出し進め、2037年の廃炉をめざしている。
東北大学新堀教授(日本原子力学会会長、原子力バックエンド工学)によると、一般的なBWR(出力:110万kW)では放射性廃棄物は1.3万トン/基とされるが、事故を起こした福島第一原発ではその100倍程度に達するとの推計もある。膨大な量の放射性廃棄物である。
この廃炉作業に関しては、東京電力の福島第一原発廃炉に向けた中長期ロードマップに示されている。既に、第1期の使用済み燃料取り出しは始まっており、 1~6号機に貯蔵されていた使用済み燃料は、2024年~2031年内の完了を目指して取り出し作業が進められている。
問題は第2期の燃料デブリの取り出しの遅れである。2021年11月の2号機から着手の予定が、新型コロナウイルス感染拡大の影響と作業の安全性と確実性を高めるためとし、2023年度後半以降の着手へと工程が2年程度遅れている。実質は、原子炉内部のデブリ取り出しの目途がたっていないのである。
核燃料デブリとは:
出典:東京電力 https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/retrieval/に一部追記
事故当時、1〜3号機は稼働中だったため炉心に核燃料が格納されていました。事故発生後、非常用電源が失われたことで炉心を冷やすことができなくなり、この核燃料(ウラン)が核分裂反応により過熱し、核燃料と核燃料を覆っていた金属の被覆管や圧力容器などが溶融し落下しました。その溶融した核燃料などが冷えて固まったものを核燃料デブリと言います。取り出した核燃料デブリは、発電所構内に新設予定の保管設備で保管します。
汚染水は核燃料デブリを水で直接冷却することにより発生するため、核燃料デブリの取り出しが完了するまで汚染水は出続ける。東京電力は廃炉の完了目標を2041~2051年としており、処理水の海洋放出もそれまで継続されることになる。
現在はレベル7事故機の格納容器内部の状態を把握している段階で、核燃料デブリを取り出すための調査・開発が進められている。1〜3号機の核燃料デブリの総量は約880トンと推定されており、最初に試験的に取り出すのは数グラムに留まるが、それすら運搬、保管の方法が決まっていないのが実情である。
2023年3月、東京電力福島第一原発の事故から12年となるなか、廃炉作業は、最大の難関とされる「燃料デブリ」の取り出し開始に向け、重要な局面を迎えていると報じられた。
核燃料デブリの取り出しは、廃炉作業における最大の難関とされている。何故なら、極めて高い放射線量で作業員は接近できず、炉内調査に使われるロボットも放射線の影響を受けたり、事故で壊れた構造物に行く手を阻まれるなどして、作業は難航している。
格納容器内部はいまだに全容がつかめない状況にあるが、10年以上のロボットによる調査の結果、少しずつ1号機から3号機までの状況が分かってきている。
その結果を基に、政府や東京電力は最も炉内調査が進んでいる2号機で、2022年内に英国で開発された全長:22mのロボットアーム先端に取り付けた金属製のブラシで堆積物をこすり取ることを計画したが、改良や設計の見直しなどが必要になり、2023年度後半以降に延期されたのである。
ロボットアームを使った核燃料デブリの取り出しは、サンプル採取には有効であろうが、880トンとされる核燃料デブリの取り出しには非現実的といわざるを得ない。そのため関係各所で様々なアイデアが検討されている段階にある。
重要なことは廃炉措置終了までに、二次汚染などによる新たな風評被害を招かないことである。また、福島第一原発跡地をさら地として福島県に返す義務がある。そのためには膨大な量の放射線廃棄物の処理と、高レベル放射性廃棄物(核のゴミ)の最終処分場を決める必要がある。
2023年9月、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)は、東京電力福島第一原子力発電所の賠償費用増額の議論を始めた。政府は同機構を通じ東京電力HDに出資し、当初は総額を約11兆円と見込んでいたが、2016年に21.5兆円と試算した。2023年中に増額幅をまとめる予定である。
費用内訳は廃炉8兆円、賠償7.9兆円、除染4兆円、中間貯蔵施設1.6兆円である。廃炉8兆円は東電が稼ぐ利益から返却し、残り13.5兆円は政府が交付国債で調達し無利子で貸し付ける。しかし、被災者への賠償範囲拡大などで、2024年度以降に発行上限の13.5兆円に達する見込みである。
2024年1月、東京電力HDは、2023年度後半に予定していた福島第一原発2号機の溶融燃料(デブリ)の採取を、2024年10月頃に延期すると発表。当初、2021年に着手する計画であったが、ロボットアーム開発や試験が遅れて2022年後半に延期した。その後、アーム改良などで2023年度後半とし、今回は3度目の延期である。
2024年1月、デブリ取り出しのため原子炉に通じる貫通部の堆積物の除去作業を開始したが、現時点で見通しは立っていない。また、ロボットアームの開発と並行して開発を進めている狭い隙間でも入れられる釣りざ状器具の性能確認試験を進める計画である。
2024年3月、原子力損害賠償・廃炉等支援機構の小委員会は、福島第1原発の溶融燃料(デブリ)の取り出し工法に関する報告書をまとめた。デブリに水をかけながら取り出す「気中工法」を軸とし、固めてから砕いて取る「充塡固化方式」も併せて検討する。複数の組み合わせが現時点では確実だと判断した。
これまで3号機を念頭に「気中工法」、原子炉建屋を構造物で囲って冠水させる「冠水工法」、デブリを充塡剤で固めて取り出す「充塡固化工法」の3方法を検討してきたが、1つに限定するのは難しいと判断。東電は遅くとも2024年10月頃までに2号機でデブリを試験的に取り出すとしているが、これまで3度延期している。