当初、2011年に初飛行、2013年に最初の顧客となる全日本空輸へ機体納入の予定であった。しかし、2009年9月に型式証明(TC)取得に絡む設計変更を理由に納入延期、2015年11月に実験機での初飛行に成功するが、設計変更、検査態勢の不備、試験機の完成遅れが相次ぎ、合計6度の納期延期を繰り返した結果、2023年2月にMSJの開発中止に至った。
MRJ/MSJの事業化の経緯
2008年3月、ローンチカスタマーとして、全日本空輸(ANA)が合計25機(うち10機オプション)の発注を公式発表。これを受けて2008年4月、三菱リージョナルジェット機(MRJ)の事業化を目的に三菱航空機が設立された。
(1度目の納期延期):2009年9月、胴体と主翼の設計変更により、2011年に初飛行、2013年にANAへ初号機納入の計画を、2012年第2四半期に初飛行、2014年第1四半期に初号機納入に延期。
2010年9月、詳細設計の段階から製造段階に移行したと発表。
(2度目の納期延期):2012年4月、開発並びに製造作業の進捗の遅れから、2013年度第3四半期に初飛行を、2015年度半ば〜後半に量産初号機納入に延期。
2012年7月、都市間航空運航で世界最大手の米国スカイウエスト航空から100機の大型発注。
(3度目の納期延期):2013年8月、パートナー各社と協力して装備品の安全性を担保するプロセスを構築するため、2015年第2四半期に初飛行、2017年第2四半期に初号機納入に延期。
2014年2月、MRJの量産計画を発表。愛知県内の製造拠点に加え、神戸造船所や松阪工場でも部品を製造し、県営名古屋空港近くに機体の最終組立工場を建設し、2016年上期の稼働を目指す。
2015年1月、 日本航空(JAL)から32機を受注。納入は2021年に開始される予定と発表。
2015年11月、県営名古屋空港でMRJ実験機(2014年10月にロールアウト)の初飛行に成功。
(4度目の納期延期):2015年12月、試験工程から量産初号機の納入までの全体スケジュールを精査した結果、量産初号機の納入時期を2017年第2四半期から1年程度先に延期。
(5度目の納期延期):2017年1月、機体を制御する電子機器の配置見直しなどの設計変更が生じ、量産初号機の納入時期を2018年半ばから2020年半ばへと2年先に延期。
理由は耐空証明を得る際に新たな認定要件が判明したためで、過去5回の納期延期のうちの4回は共通して認証に関する何らかの不備であり、開発作業をやり直す必要があったことを明らかにした。
2018年12月、型式証明(TC:Type Certificate)取得のための飛行試験の許可証である型式検査承認(TIA:Type Inspection Authorization)を、国土交通省航空局(JCAB:Japan Civil Aviation Bureau)から取得した。
2019年6月、開発中のリージョナルジェット機を三菱スペースジェット(Mitsubishi SpaceJet)と改称することを発表。標準型のMRJ90(座席数88席)は「SpaceJet M90」、短胴型のMRJ70(座席数76席)は「SpaceJet M100」、長胴型MRJ100Xは「SpaceJet M200」に変更された。
まずは、SpaceJet M90を開発し、M90を基にM100を開発する。 M100は米国をはじめグローバル市場のニーズに最適化された機体で、米国のリージョナル機の座席数や最大離陸重量を制限する労使協定「スコープクローズ」にも準拠するとした。
(6度目の納期延期):2020年2月に北九州空港に三菱スペースジェット向け格納庫のエプロン及び誘導路の提供が開始され、航空機整備及び飛行試験の拠点として稼働した。しかし、試験遅延により年内のTC取得が難しくなり、量産初号機の納入時期を2021年以降へと延期。
2020年3月、型式証明取得に向けた実験機(JA26MJ)が名古屋空港で初飛行に成功した。一方、新型コロナウィルスの感染拡大で、3月下旬から北米試験拠点では外出制限などにより十分な飛行試験が困難な状況で、JA26MJの渡米に影響が出る可能性が報じられた。
2020年5月、開発費の半減や量産機の生産中止など、開発計画の大幅見直しが報道され、同年6月には、三菱航空機がスペースジェットの開発態勢の大幅縮小を発表した。
同年10月、三菱重工業は2021年~2023年度までの中期経営計画を発表し、M90の開発活動は一旦立ち止まり、再開のための事業環境整備に取り組むとした。ただし、型式証明の文書作成プロセスは継続する。泉沢清次社長は、開発の遅延と凍結の理由を「ノウハウや経験が欠けていた」と説明。
2023年2月、三菱重工業は、今後も採算が取れないと判断しMSJの開発中止を発表した。三菱航空機は、三菱重工業に資産を移管するなどの準備を経て清算する。国土交通省は同年付で初号機を含み残る4機の登録を抹消した。
当初、2011年に初飛行、2013年に最初の顧客となる全日本空輸へ機体納入の予定であった。しかし、2009年9月に型式証明(TC)取得に絡む設計変更を理由に納入延期、2015年11月に実験機での初飛行に成功するが、設計変更、検査態勢の不備、試験機の完成遅れが相次ぎ、合計6度の納期延期を繰り返した結果、2023年2月にMSJの開発中止に至った。
当初の開発計画の甘さと、米国連邦航空局(FAA)からの型式証明(TC)取得の迷走が際立ち、機体の納入が10年遅延する中で、市場動向の変化に追随できなかった。
開発失敗の原因
当初の開発計画の甘さ
納期延期の原因は、設計荷重の見直しや、各種システムの系統設計に関わるもので、基本設計の段階に立ち戻っての変更が900件以上に及んだ。端的に言えば、民間航空機として安全性を担保する型式証明(TC)を取得するための技術的な検討が不十分であった。
一方、2019年10月、米国Trans States Holdingsが、MRJ90の100機購入契約を解消した。理由は、米国の労使協定「スコープ・クローズ」をが将来緩和され、MRJ90機(標準座席数88、最大離陸重量43トン)が運航できるとの甘い予想が外れたためである。
型式証明取得の迷走
本来、日本企業の設計や製造を審査して承認するのは、日本の国土交通省航空局(JCAB:Japan Civil Aviation Bureau)であるが、JCABに新型旅客機の型式証明審査が行う常設部門はなく、JCABと米国連邦航空局(FAA)の型式証明を同時取得する方針で計画された。
1962年初飛行の双発ターボプロップエンジン旅客機(YS-11)や、1978年初飛行の双発ビジネスジェット機(MU-300)の開発で、FAAの型式証明を取得して輸出につなげた実績に基づいて進められたが、過去の成功体験が全く通用しなかった。
また、4度目の納期延期で、2016年秋以降にカナダのボンバルディアや米国ボーイングのエンジニアら外国人技術者を300名ほど増やし、型式証明の取得を目指した。しかし、その後も基準に適合しない不備が見つかり、今後、数年にわたり1000億円/年前後の出費が必要になる可能性示された。
機体の納入が10年遅延
設計変更による性能低下などで、テスト飛行時点では最高巡航高度と巡航速度でライバルのブラジル製エンブラエル機に劣っていた。その後、エンブラエル機もMRJと同じP&Wのエンジンを搭載することで、技術的な優位性は完全に消えた。ライバルのエンブラエル機を過小評価した結果である。
また、6度目の納期延期で2020年には投資額が6千億円に膨らみ、投資回収には20~30年間で1500機程度を販売する必要があった。しかし、この時点での受注機は307機にすぎなかった。
市場動向の変化
RJ市場では、燃費性能に優れたターボプロップ機への注目度は高まり、2021年8月にはエンブラエルが胴体後方に双発ターボプロップエンジンを搭載した静粛性に優れる旅客機構想を発表。また、GEアビエーションはGE Catalystと称される新型ターボプロップエンジンを開発した。
6度の納期延期の間に競合のブラジル・エンブラエル機が市場を席巻し、MSJの入る余地は限定された。最終的に1兆円に上る開発費が投入されたが、事業性の不透明感が強まり、費用回収の目途が立たないとして事業中止に至った。
次世代戦闘機開発に向けて
現在、三菱重工業は、英国、イタリア、日本で共同開発している航空自衛隊向けの次期戦闘機開発を進めている。しかし、これは従来の延長線上の企業活動に戻ったに過ぎず、巨費を投じて失敗したMSJの教訓を生かすものではない。是非とも、新しい挑戦に期待したい。
2022年12月、日英伊は「グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)」を立ち上げた。日本のF2戦闘機の退役が始まる2030年代半ばに導入を計画してきた次期戦闘機構想と、英国とイタリアがすでに着手していた戦闘機「テンペスト」の開発計画を統合し、共同開発によりコストを下げるのが狙い。
2023年9月、三菱重工業は、英国とイタリアの企業と進める次期戦闘機開発で、英航空・防衛大手のBAEシステムズ、イタリアの防衛大手レオナルドの3社間協定に合意した。2035年の戦闘機配備に向けて3社で情報を共有し、長期的な役割分担や戦闘機のコンセプトの策定などを進める。
コメント