船舶の未来予測

船舶

 ゼロエミッション船の実現に向け、蓄電池性能から小型船は電気推進船化が進められている。環境規制の厳しい欧州では、中型船のフェリーや旅客船も電気推進船化が始まっている。燃料電池推進船は、経済性とグリーン水素供給の問題から普及が遅れている。
 一方、より経済性が重視される主力の中大型船(ディーゼル電気推進船)は、ハイブリッド推進船を経て、LNG燃料船への転換が始まっている。今後、風力援用などの燃費向上策を実現しつつ、経済性が解決されれば水素燃料船あるいはアンモニア燃料船が実現される。

船舶の未来予測

図1 船舶の未来予測

 ゼロエミッション船の実現に向け、蓄電池性能から小型船は電気推進船化が進められている。環境規制の厳しい欧州では、中型船のフェリーや旅客船も電気推進船化が始まっている。
 しかし、燃料電池推進船に関しては、経済性とグリーン水素供給の問題から普及が遅れている。これらの問題が解決されれば、長距離航行向けや充電インフラが整理されていない地域において燃料電池推進船は普及する。

 従来から、国際海運への温室効果ガス(GHG)排出規制の圧力を受け、大手海運会社が主導してディーゼル電気推進船のハイブリッド推進船化が進められ、低環境負荷、低燃費化を実現してきた。しかし、年々厳しくなる環境規制から、ゼロエミッション船の実現へと舵を切り始めている。

 すなわち、より経済性が重視される主力の中大型船(ディーゼル電気推進船)は、ハイブリッド推進船を経て、LNG燃料船への転換が始まっている。今後、風力援用などの燃費向上策を実現しつつ、経済性が解決されれば水素燃料船あるいはアンモニア燃料船が実現される。

 いずれにしても、現在供給されているエネルギー源が一次エネルギーから二次エネルギーへと移行する過渡期にあることを認識しておく必要がある。次世代船舶の鍵を握るのは、低環境負荷を実現するための安価で豊富な水素あるいはアンモニア燃料の供給にある。
 すなわち、再生可能エネルギーで発電した電力、その電力を使って製造したグリーン水素、あるいはグリーンアンモニアである。経済性重視の中大型船では、安価で十分な供給量が不可欠である。

 経済的理由により化石燃料から製造された燃料、化石燃料を使う火力発電で発電した電力、化石燃料を改質して得られた水素を使う限り、CO2ゼロの実現は達成できない。すなわち、電気推進船、燃料電池推進船、水素燃料船などを使う意味はないのである。

 現時点で、バイオマスを原料としたバイオ燃料や、カーボンリサイクルにより製造された合成燃料(e-fuel)は、高価格と供給量の観点から船舶への適用は限定的と考えられる。

次世代船舶の電動化トレンド

 欧州での船舶用蓄電池市場は、 2012 年に就航した世界初の完全電気推進カーフェリー「アンペレ(Ampere)」(全長80m、幅20m、自動車120台、旅客数360人)の就航により本格化した。これは大型リチウムイオン電池の実用化時期とも一致している。
 アンペレはドイツ・シーメンスとノルウェー造船会社のFjellstrand(フィエルストランド)が共同開発し、電動機(出力:450kW)2基とリチウムイオン電池(容量:1000kWh)を搭載。欧州船級協会(DNV)が船舶用蓄電池に関する船級規則の整備を進め、ノルウェー海事局で採用された。

図2  欧州の蓄電池を使用する商船数

 電気推進船の開発はノルウェーが主導した結果、船舶用蓄電池市場で大きなシェアを持つに至った。現在、船舶用蓄電池の利用が多い船種は、フェリー、旅客船、オフショア船などであり、ディーゼルエンジンと蓄電池を組み合わせたハイブリッド推進船を中心に伸びている。
 レジャー船市場も成長しているが、小型船では完全電気推進船が多く、蓄電池容量は小さいため、船舶用蓄電池の市場の大部分は大型商船が占めている。

図3 欧州の船種別の蓄電池出力合計

 電気推進フェリーの建造ブームは、ノルウェー以外の沿岸航行船でも続くと予想される。また、長期的には中大型船のハイブリッド化が進むことで、船舶用蓄電池市場は大きく成長する。
 排出規制海域(ECA)の設定は、港湾エリアでのゼロエミッションを促し、電気推進船の導入が加速される。今後、成長が期待される電気推進船は、フェリー及び旅客船(大型 ROPAX 船を含む)、オフショア船、作業船、養殖場作業船、その他の沿岸航行船である。

 船舶用蓄電池市場には、Wartsila(フィンランド)、Akasol AG(ドイツ)、Corvus Energy(カナダ)、Enchandia AB(スウェーデン)、Saft Total(フランス)、Siemens(ドイツ)、Leclanché SA(スイス)などが参入している。

 北米や欧州では、旅客船に対するハイブリッド推進船や完全電気推進船の需要が高い。これらの国々ではクリーンな水路輸送方式を推進しており、ディーゼル電気推進船に比べて運用コストの安いハイブリッド推進船保守コストの大幅に安い完全電気推進船が注目を集めている。

船舶の新展開

 「ゼロエミッション」という重い課題を受け、これを解決すべく苦脳しているのが、現在の船舶関連業界である。しかし、苦しんでばかりではいられない。希望の光を見いだすことも必要である。

原子力発電船

 米国や欧州に先行して、ロシア、中国、韓国では小型モジュール炉(SMR:Small Modular Reactors)の導入を進めている。注目されるのは、浮体式原子力発電所である。

 2020年5月にはロシア国営ロスアトムは、世界初の浮体式原子力発電所「アカデミック・ロモノソフ」の商業運転を極東チュクチ自治区で開始した。小型炉(KLT-40S、出力:3.5万kW)を2基搭載した船で、地区エネルギーの50%をまかなう計画である。
 また、ロスアトムは、北極圏用「海上浮体式原子力発電ユニット(NFPU、出力:10.6万kW、熱出力:17.5~19万kW)」の製造を中国の造船所で進め、2026年末の稼働を目指して小型炉(RITM-200)を2基搭載したNFPUを4隻建造する。 

 韓国のサムスン重工業は、デンマークのSeaborg(シーボーグ)製の小型溶融塩炉(CMSR、出力:10万kW)を2~8基搭載した海上浮体式原子力発電所「CMSRパワーバージ」の概念設計を完了。米国船級協会から初期段階実行可能性の原則承認(AiP)を取得し、2028年までの商業化を目指す。 

LNG発電船

 三菱重工業はコンバインドサイクル発電システム(総出力:25万kW)を搭載したLNG発電船の受注を開始した。東南アジアの島嶼とうしょ国ではディーゼル発電設備(重油)が多用されているが、LNG発電船により安価(従来の2/3程度)でCO2排出量の少ない電力の供給が可能である。

 川崎重工業もLNG発電船(総出力:3万~8万kW)の基本承認を取得し、小型LNG供給船も供給する。陸上での発電所建設に必要な環境アセスや用地買収が不要で、建造後に曳航して需要地近くの海上に設置する。国内では災害時の緊急電源として電力会社や自治体などに売り込む計画である。

 また、商船三井とトルコのKaradeniz(カラデニズ)が、KARMOL(カルエムオーエル)のブランドで、モザンビーク北部ナカラ港で世界初のLNG発電船事業(出力:12万kW)を開始した。商船三井が浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備、カラデニズが発電船、電力は国営電力会社に供給される。

電気運搬船

 パワーエックスは、2021年8月に電気運搬船「Power ARK」の開発計画を発表。洋上風力で得られた電力を大型蓄電池に充電し、日本近海を需要地に向けて航行する。岡山県玉野市に蓄電池組立工場「Power Base」を新設し、2024 年から船舶用蓄電池などの製造・販売を開始する。
 2026年に初号機「PowerX Ark 100」(電池容量:241MWh、船長:140m、航続距離:300km)で実証実験を始める。九州電力とパワーエックスは、世界初となる蓄電池の海上送電事業の開始を発表し、九州と本州間の海上送電、遠隔地の再エネ発電所から企業への直接給電などを進める。 

CCS搭載船とCO2運搬船

 2019年10月、デンマークの海事研究開発センターを中心にCO2回収装置を搭載したCCS搭載船を開発する「DecarbonICE」プロジェクト立ち上げられた。将来的にバイオ燃料などと組み合わせ、排出するCO2よりも回収するCO2の量が上回る「カーボンネガティブ船」を構想に入れている。 

 2020年8月、三菱造船、川崎汽船、日本海事協会が、国土交通省海事局の補助事業で陸上用のCO2回収装置を実船搭載して試験運転すると発表した。「CC-Ocean (Carbon Capture on the Ocean)」プロジェクトである。 

 一方、脱炭素社会の実現に向けて、船上CCS搭載によりCO2を回収して貯留した後、CO2を有効利用する二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS:Carbon dioxide Capture Utilisation and Storage)の開発が必要である。
 液化CO2の海上輸送はCCUSバリューチェーンの中で回収地と貯留地、もしくは回収地と有効利用地を効率的に結ぶ手段として重要な役割を担う。日本や北欧でCO2海上輸送の実証試験が始められている。

造船エンジニアリング事業

 世界の造船業界は中国のシェア(新造船受注量ベース)が2021年に45%、韓国が39%と圧倒的に強く、日本は12%に留まる。2000年代に入り、低価格競争で中国・韓国勢に敗れ、国内造船メーカーは事業規模の大幅縮小を進めた。三菱造船はエンジニアリング事業に力点を移している。

造船業界の動向

 世界の造船業界では中国のシェア(新造船受注量ベース)が2021年に45%、韓国が39%と圧倒的に強く、日本は12%、その他4%である。2000年代に入り、低価格競争を展開する中国、韓国勢との競合に敗れ、国内の造船メーカーは事業規模の大幅縮小を余儀なくされた。

 一方、日本の国際海運企業の保有船腹量は世界の11%を占め、世界第2位である。日本郵船、商船三井、川崎汽船は船隊規模で世界10位以内に入り、国際海事機関(IMO)から温室効果ガス排出規制を直接に受け、ゼロエミッション船の開発を積極的に推進している

三菱造船の新展開

 事業規模の縮小が進む中で、主要な国内造船メーカーはエンジニアリング事業に力点を移している。

 2022年に三菱造船が新たに始めたエンジニアリング事業は、三菱造船性能推定&線図選定システム(MiPoLin:MITSUBISHI SHIPBUILDING POWER PREDICTION & LINES SELECTION)を核とした船舶の開発支援サービスである。
 MiPoLinは、三菱重工業船型試験場において、100年以上に渡り蓄積された1200件以上の水槽試験データを利用して、船型創製とその性能推定が行えるWebベースのシステム。

図4 三菱船型試験場の水槽試験風景

 顧客が計画船の主要項目(船種、概略寸法、排水量など)を入力し、船型設計データベースから計画船に近い船型を検索し、抵抗カーブ等の試験結果を比較・評価できる。選択した船型をベースに計画船の要項に合わせた船型の創生を行い、エンジン出力やプロペラ設計などの性能を推定できる。
 開発支援サービスとして、流体設計(CFD)による最適船型検討船首バルブ最適化/省エネデバイスの設計水槽試験の請負などもラインアップしている。顧客は造船会社や海運会社を想定しており、需要が見込めるアジアを中心に売り込みを進めた結果、受注を実現している。

 また、三菱造船は、重油燃料に対する硫黄酸化物(SOx)スクラバー、次世代船舶燃料のLNGガス供給システム、CCSU(CO2分離回収・貯留、利用)など環境技術で強みを有しており、今後、環境規制が厳しくなる状況下で、技術を持たないアジアの造船会社の囲い込みを目指している。 

 1990年代まで”ものづくり”で日本経済を牽引した造船業界であるが、価格競争で中国・韓国勢に敗れた。生き残りを賭けた三菱造船のエンジニアリング事業の成否は他社の試金石となる。
 シミュレーション技術が未発達な時代、大型水槽試験による船体モデル試験は設計の最終確認として重要であった。シミュレーション技術が高度化した現在、大型モデル試験の出番は激減し、高額な装置の維持・管理を含めた使い方が他業界においても参考になる。
 航空機、自動車業界では大型風洞試験、土木建設、電機・機械業界では大型加振試験など。

コメント

タイトルとURLをコピーしました