2050年カーボンニュートラル(Ⅲ)

はじめに

輸送・製造関連産業の成長戦略

 国内のCO2排出量の25%を占める産業部門、17%を占める運輸部門の脱炭素化は重要課題である。
 グリーン成長戦略では、輸送・製造関連産業では⑤自動車・蓄電池産業⑥半導体・情報通信産業⑦船舶産業⑧物流・人材・土木インフラ産業⑨食料・農林水産業⑩航空産業⑪カーボンリサイクル・マテリアル産業がリストアップされている。
・内閣官房成長戦略会議資料、2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略、2020年2月12日

⑤自動車・蓄電池産業

 自動車は日本の基幹産業であり、遅くとも2030年代半ばまでに軽自動車を含めた乗用車の新車販売で電動車(BEV、HEV、PHEV、FCEV)化100%を実現できるよう包括的な措置を講じる。また、トラックなどの商用車についても、乗用車に準じて2021年夏までに電動化目標を設定する。
 この10年間はEVの導入を強力に進め、蓄電池をはじめ世界をリードする産業サプライチェーンとモビリティ社会を構築する。2050年に自動車分野の生産から廃棄まで全工程を脱炭素化する。

 乗用車は2035年までに新車販売で電動車100%を実現。 商用小型車は2030年までに新車販売で電動車20~30%、2040年までに電動車・脱炭素燃料車100%を目指す。商用大型車は、2020年代に5000台の先行導入を目指し、2030年までに2040年の電動車の普及目標を設定する。

 2023年7月、環境省はEVトラックを導入する際に、ディーゼル車より高額な購入費用の一部を補助し、2023年度中に4000台分の導入をめざす。(2021年度のトラック新車販売は77万台)グリーントランスフォーメーション(GX)経済移行債を使い、事業費に136億円を充てる。
 2.5トン超のEVトラックではディーゼル車との差額の2/3を補助する。小型トラックの場合、1台当たり300万円程度の補助額を想定し、運送事業者や地方自治体などに出す。

 蓄電池は電動化の鍵でBEV価格の約30%を占めるため、高性能・低コスト化を進める。さらに革新型蓄電池の開発により、2030年に向け世界で約2倍(8兆円→19兆円)、車載用は約5倍(2兆円→10兆円)と予測される成長市場の取込みを目指す。

  2030年までのできるだけ早い時期に、国内の車載用蓄電池の製造能力を100GWhまで高める。また、家庭用、業務・産業用蓄電池の合計で2030年までの累積導入量約24GWhを目指す。
 一方、公共用の急速充電器3万基を含む充電インフラ15万基を設置し、2030年までにガソリン車並みの利便性を実現する。2030年までに1000基程度の水素ステーションを最適配置で整備する。

 欧米や中国はBEVを次世代車の本命と位置付けている。日本はBEVの世界市場で何故出遅れたかを反省する必要がある。日本メーカーが先行した燃料電池車では、欧米や中国が長距離バス・トラックなどの商用車向けに力点を置き先行している。
 政府は目標設定だけに終わってはいけない。特に、設置数が3万基で頭打ちとなっている充電インフラに関しては、抜本的な増設対策を施す時期にきている。

⑥半導体・情報通信産業

 デジタル機器・情報通信の省エネ・グリーン化のために、Siに加えてGaNやSiCなどの次世代パワー半導体の研究開発、グリーンデータセンター光エレクトロニクス技術開発により、データセンターや情報通信インフラの省エネ化を達成し、2030年までに実用化・普及拡大で1.7兆円の市場を獲得する。

⑦船舶産業

 ゼロエミッション船の達成に必要なLNG、水素、アンモニア等のガス燃料船開発に係る技術力を高め、生産基盤を構築するとともに、国際基準の整備を主導し、造船・海運業の国際競争力の強化と海上輸送のカーボンニュートラルを目指す。
 国際海運関連は、2050年までに水素・アンモニアなどの代替燃料への転換を目指すとしている。

図3 ゼロエミッション船 出典:日本船舶技術研究協会

 LNG燃料船の高効率化のため、低速航行風力推進システム等と組み合わせてCO2排出削減率86%を目指し、2021年度中にLNG燃料エンジン及びスペース効率の高い燃料タンク、燃料供給システム等の技術開発を開始し、生産基盤を構築する。

 水素燃料電池船電気推進船は、近距離・小型船向けの普及を目指す。

 水素・アンモニア燃料船は、遠距離・大型船向けの普及を目標に、2021年度中に水素・アンモニア燃料エンジン及び燃料タンク、燃料供給システム等の技術開発を開始し、2025年までに実証事業を開始する。従来目標の2028年よりも前倒しで、ゼロエミッション船の商業運航を目指す。

⑧物流・人材・土木インフラ産業

 従来のエンジン駆動から動力源を抜本的に見直した革新的建設機械(電動、水素、バイオ等)の認定制度を創設し、導入・普及を促進する。 

 また、過疎地域等におけるドローン物流の実用化に向け、制度面の整備、技術開発及び社会実装を推進し、本格的な実用化・商用化を目指す。 特に、社会実装については「ドローンを活用した荷物等配送に関するガイドラインVer.2.0(2021年6月25日公表)」の普及を促進する。

⑨食料・農林水産業

 従来のエンジン駆動から動力源を抜本的に見直し、農林業機械や漁船の電化・水素化等について、2040年までに技術確立を目指す。また、高速加温型ヒートポンプ等の開発を通じて、2050年までに化石燃料を使用しない園芸施設への完全移行を目指す。

⑩航空産業

 1kmの移動に要する乗客一人当たりのCO2排出量が、航空機はバスの約2倍、鉄道の約5倍と多いことから、利用を避ける飛び恥(Flight shame)運動が進行している。このような航空機分野を、政府はCO2排出量削減の重点分野に位置づけている。

 航空機業界では新燃料であるSAFの採用電動航空機、電気も動力源として使うハイブリッド航空機の開発が進められており、欧州エアバスが2035年に実用化を発表した水素燃焼航空機など、脱炭素化が大きなトレンドである。

 電動航空機の開発に向け、蓄電池、モーター、インバータ等、航空機の動力としてのコア技術の確立を進め、2030年以降の段階的な実機搭載を目指す。

 水素航空機の実現に向け、燃料タンクやエンジン燃焼などのコア技術の研究開発を推進し、加えて、水素燃料の保管、輸送、利用のための空港の民間設備など、空港周辺インフラの検討を推進する。

 持続可能な航空機燃料SAFに関しては、植物由来であるバイオ燃料が高コストのために現状では普及していない。ジェット燃料並の低コスト化を、2030年までの実現を目指す。

図4 エアバスが発表した3種類のゼロエミッション航空機:水素燃料のジェットエンジンと燃料電池のハイブリッド技術を採用

 政府は、航空機・エンジン材料の軽量化や耐熱性向上などに資する新材料の導入を推進し、日本企業による電動部品や航空機主要部品の開発を支援する。先端材料に係るデータベース整備や生産技術も含めた必要な技術開発を進め、国内メーカーが必要な技術レベルに達することを目指す。
 特に、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の製造サイクル全体としてのCO2排出量削減を目指し、中長期的なリサイクル技術の確立を、自動車や他分野とも連携して推進する。2050年には、CO2排出量を2005年比で半減し、部品納入などでの経済効果を1兆円超と算定している。

⑪カーボンリサイクル・マテリアル産業

 カーボンリサイクルでは、「CO2吸収型コンクリートCO2回収型のセメント製造技術」、「カーボンフリーな合成燃料」、「人工光合成によるプラスチック原料」、「低濃度・低圧排ガスからCO2を分離・回収技術」の開発を目指す。

 低価格かつ高性能なCO2吸収型コンクリートの開発では、公共調達による販路拡大により、2030年に既存コンクリートと同価格(=30円/kg)を目指す。また、防錆性能を持つ新製品を開発・実証し、建築物やコンクリートブロックに用途拡大を図る。
 また、CO2回収型のセメント製造技術では、セメント原料(石灰石)燃焼時のCO2を回収し、回収CO2と廃棄物を原料としたセメントの製造方法を確立する。

 カーボンフリーな合成燃料はCO2と水素を反応させて製造する。2030年年頃の実用化を目標にコスト低減・供給量拡大の大規模実証を進め、2040年までに自立商用化、2050年にはガソリン価格以下を目指す。 革新的技術の開発を、今後10年間に集中する。

図5 三菱重工業のCO2回収装置(右)と運搬用タンク(左)

2023年7月、東京ガスと三菱重工業は、ごみ焼却場から出るCO2を回収し、都市ガスの原料となるメタンを製造するメタネーション実証実験を始めた。横浜市鶴見区の焼却場でCO2を回収し、東京ガスの研究施設にトラックで運び、メタンガスを合成する。1日200kgを集め、一般家庭約260軒が1日に使うのに必要な量を製造する。

 人工光合成によるプラスチック原料は、変換効率の高い光触媒を開発して製造コストを2030年までに約2割削減し、保安・安全規制の検討を先取りして実施し、バイオマス・廃プラスチック由来化学品の製造技術を確立する。ナフサ分解炉の高度化も進め、2050年に既製品と同価格を目指す。

 低濃度・低圧な排ガスからCO2を分離・回収技術は、 2030年に更なる低コスト化と石油増進回収法(EOR)以外の用途拡大を実現し、2050年に年間10兆円と目される世界のCO2分離回収市場の3割のシェア確保を目指す。

 マテリアル産業では、「ゼロカーボン・スチール」、「革新的素材の開発・供給」、「熱源の脱炭素化」の開発を推進する。

 ゼロカーボン・スチールの実現に向け、水素還元製鉄については①鉄鉱石の還元に必要な炉内熱補償技術、②石炭使用量の減少に伴う通気確保技術、③還元鉄の溶解に不可欠な電炉の高度化・不純物除去技術等を確立する。2050年で最大約5億トン/年(約40兆円/年)の市場獲得を目指す。

 革新的素材の開発・供給に関しては、高張力鋼板(ハイテン)を超える革新鋼板(超ハイテン)や、複数素材の組合せに不可欠な接着・接合技術等を開発する。

 熱源の脱炭素化は、製造工程で高温を必要とする製紙業ガラス・セラミックス産業を対象とし、水素やアンモニア等の非化石燃料由来の熱源を活用した製造設備の技術開発を目指す。

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