水素エンジンは、水素エンジン自動車に留まらず水素エンジンバイク、水素エンジン発電機へとその応用範囲は広い。しかし、水素エンジンは単に燃料のガソリンを水素に置き換えるだけでなく、水素タンクを含めた幾つかの開発課題が内在している。
持続可能な真のカーボンニュートラルを目指すためには、エネルギー効率は重要課題である。競合する水素エンジン、燃料電池、合成燃料(e-fuel)について使い分けは可能であろうか?
水素エンジンバイクの開発
2022年9月、カワサキモータースは、開発中の二輪車用水素エンジンを搭載した北米向けオフロード四輪車をENEOSスーパー耐久シリーズ2022で一般公開した。エンジンはカワサキの大型バイク「Ninja H2」をベースに、水素燃料をシリンダーに直接噴射する仕様に改良した。
エンジン開発はトヨタ自動車、ヤマハ発動機、スズキ、本田技研工業、デンソーの技術協力を得た。
2022年11月、カワサキモータースは、ミラノモーターサイクルショーEICMAで、次世代バイク構想を発表。2030年代前半の実用化を目指す水素エンジン搭載バイクを参考展示した。
パワーユニットは、Ninja H2のスーパーチャージドエンジンをベースに直噴化し、圧縮気体水素を燃料とする。今後、液体水素燃料の採用、バイオ燃料対応の内燃機関の開発も進める。
2023年5月、カワサキモータース・スズキ・本田技研工業・ヤマハ発動機は、小型モビリティ用水素エンジンの基礎研究を目指す「水素小型モビリティ・エンジン技術研究組合(HySE: Hydrogen Small mobility & Engine technology)」の設立で、経済産業省の認可を得た。
水素には燃焼速度の速さに加え、着火領域の広さから燃焼が不安定になりやすく、また、小型モビリティでの利用では燃料搭載スペースが狭いなどの技術的な課題がある。HySEでは、二輪以外にも軽四輪・小型船舶・建設機械・ドローン向けの水素エンジンの基礎研究も実施する。
Hyseにおける基礎研究の分担と体制:
■1.水素エンジンの研究
・水素エンジンのモデルベース開発の研究(Honda)
・機能・性能・信頼性に関する要素研究(スズキ)
・機能・性能・信頼性に関する実機研究(ヤマハ発動機、カワサキモータース)
■2.水素充填システム検討
・水素充填系統および水素タンクの小型モビリティ向け要求検討(ヤマハ発動機)
■3.燃料供給系統システム検討
・燃料供給システムおよびタンクに付帯する機器、タンクからインジェクタ間に配置する機器の検討(カワサキモータース)
■特別組合員/川崎重工業、トヨタ自動車
川崎重工業は、技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)の主幹事として有するノウハウでHySEの運営を推進し、トヨタ自動車は、四輪車用大型水素パワーユニットの実験や解析、設計などのノウハウで、HySEの研究成果の最大化を推進する。
■設立時期/2023年6月
水素エンジン発電機の開発
2022年3月、ヤンマーエネルギーシステム(YES)は、ドイツの2G Energy製100%水素燃料コージェネレーションシステムの日本での取り扱いを開始すると発表。2021年3月に、両社は日本を含むアジア、中東、アフリカ地域における販売契約を締結し、準備を進めてきた。
2022年夏をめどに、YESの岡山試験センターに本機および水素発生装置(イタリアEnapter製)を設置し、施工やメンテナンス性などの検証を進める。YESは自社製ガスエンジンも、水素燃料に対応できるよう技術開発を進める。
2022年9月、クボタは、開発中の水素エンジンを小型発電機大手デンヨーの水素専焼発電機に搭載すると発表。法令整備や水素供給インフラなど、実用化にはまだハードルがあるため、具体的な量産時期は不明であるが、将来的には農機や建機などにも水素エンジンを活用する。
現在、可搬式発電機はディーゼルエンジンが主流であるが、クボタは自社製産業用エンジンに改良を加え、排気量3.8L、直列4気筒の過給機付き水素エンジンを開発中である。NOx低減のためEGR(排ガス再循環)システムを備え、回転数は1500rpm、または1800rpmの定点運転である。
2025年を目標に、デンヨーはクボタの水素エンジンを搭載した発電機の試作品を開発する。可搬式発電機で、工事現場などでの機械用電源として利用を見込む。また、小松製作所などの協力を得て、水素と軽油を燃料としてCO2を5割削減する発電機を、2023年に量産開始する計画もある。
水素エンジンの開発課題
水素インフラ整備の重要性
水素エンジンの最大の課題は、エンジンそのものの技術的な難しさもあるが、エンジンに供給される水素燃料の製造と供給である。未だ、従来のガソリン並みの供給量と価格の見通しは立っていない。これは燃料電池車(FCEV)の普及がとん挫している原因でもある。
現状の水素ステーションでは政策上1000~1100円/㎏で水素は販売されており、航続距離で比較するとガソリンの3割増しの価格に抑えられている。将来的には、再生可能エネルギー由来のグリーン水素に置き換える必要があるが、さらに低コスト化の見通しは暗い。
FCEVの普及がとん挫している現状において、大きな問題となっている水素ステーションの普及は、水素エンジン車の普及に関しても大きな問題となる。さらに、水素ステーションの建設費(約5億円)や維持費は高く、水素製造コストに上乗せされて高価格となる。
すなわち、水素インフラが整わない現状において、水素エンジン車の開発を進めても、その普及に関してはFCEVと同じようにとん挫する可能性が高い。水素インフラ整備に関する政府の強力な支援が、水素エンジン車の普及に際しても必要である。
水素エンジンの競争相手は?
「水素エンジン車の競争相手は、同じ水素燃料を使う燃料電池車(FECV)だけであろうか?」
最近、急速に合成燃料(e-fuel)の話題が広がっている。基本的に、e-fuelを使う場合は現状エンジンでの駆動が可能なため、車体価格は現状維持である。しかし、e-fuelの製造では、水素とCO2を高温・高圧にして反応させるが、収率は6~7割であり、300~700円/Lと高コストになる。
2000年代に入り、本田技研工業やトヨタ自動車がFCEVを発売した段階で、圧倒的にエネルギー変換効率の高いFCEVに軍配は上がった。しかし、FCEVの普及に伴い車体価格が下がるとの見通しが外れたのである。そこで、水素エンジン車による低コスト化に期待が移った。
次に、3車種の比較を示す。水素エンジン車は水素タンクなど開発課題が残されており車体価格は未定で「水素エンジン車 ≦ FCEV」とし、水素エンジン車に比べてFCEVでは高純度水素を使うため燃料価格は「水素エンジン車 ≦ 燃料電池車(FCEV)」とした。また、エネルギー効率は無視した。
■車体価格:e-fuel車 < 水素エンジン車 ≦ 燃料電池車(FCEV)
■燃料価格:水素エンジン車 ≦ 燃料電池車(FCEV)< e-fuel車
すなわち、水素エンジン車の車体価格が現状のガソリン車並みとなれば水素エンジン車が優位で、e-fuel価格が水素並みとなれば、e-fuel車が優位となる。トヨタ自動車は、e-fuel価格が下がるのを座して待つよりも、積極的に水素エンジン車の車体価格を下げる戦略に出ている。
しかし、熱効率の低い水素エンジン車が車体価格の低コスト化のみで、FCEVと競合できるのかは疑問である。持続可能な真のカーボンニュートラルを目指すためには、エネルギー効率向上も実現する必要があるが、エネルギー効率に関して燃料電池車の優位性は変わらない。
水素エンジン車の開発が、従来のガソリンエンジンに関するサプライチェーンの延命が目的であってはいけない。CDから、再びレコード盤に戻るような懐古趣味の市場は限定的である。既に、音楽ダウンロードの時代に入っているのである。
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