次世代自動車燃料の取り組み(Ⅱ)

自動車

 EUでは2035年までに「全ての新車をゼロエミッション化」、すなわち、同年以降は内燃機関(エンジン)搭載車の生産を実質禁止することが確定している。
 2023年3月、EUでは合成燃料(e-fuel)や水素など非バイオ由来の再生可能燃料(RFNBO)を使用する専用内燃機関搭載車に限り、新車販売を2035年以降も容認するとした。

 これによりe-fuelの注目度が急速に高まっているが、実用化のための最大の課題は低コスト化である。EUではフォルクスワーゲンGrのアウディ・ポルシェが先行して開発・生産を進めている。

注目される合成燃料(e-fuel)

EUの乗用車CO2排出基準改正

 2022年10月、EU理事会(閣僚理事会)と欧州議会は、乗用車・小型商用車(バン)のCO2排出基準に関する規則の改正案について暫定合意に達した。2021年7月に欧州委員会(EC)が提案した欧州グリーンディールの包括的な法案「Fit for 55 Package」の一部である。

 すなわち、EUでは2035年までに全ての新車をゼロエミッション化し、同年以降は内燃機関搭載車の生産を実質禁止することが確定した。ただし、EU理事会の提案により、欧州委員会が2026年に進捗評価を行い、プラグインハイブリッド技術などの開発状況を考慮して規則の見直しを行う余地を残した。
 また、合成燃料efuelなど炭素中立な燃料(カーボンニュートラル燃料)のみを使用する車両の2035年以降の販売について、欧州委員会が新たな提案を行うとした。

 2023年3月、EU理事会は、欧州議会と暫定合意した乗用車・小型商用車CO2排出基準に関する規則の改正案を正式に採択した。改正案は暫定合意に基づくもので修正はなされておらず、EUが2035年に全ての新車のゼロエミッション化に向けて電動化を推進することに変わりはない。

 ただし、早期に合成燃料など非バイオ由来の再生可能燃料(RFNBO:Renewable Fuels of Non-Biological Origin)を使用する車両の型式認証についての実施規則案を、また2023年秋に合成燃料のみを使用する車両のCO2排出削減への貢献に関する委任規則案を提案するとした。
 すなわち、合成燃料(e-fuel)や水素など非バイオ由来の再生可能燃料(RFNBO)を使用する専用内燃機関搭載車に限り、新車販売を2035年以降も容認するとしたのである。

 EU理事会では、ドイツが2035年以降のe-fuelを使用する内燃機関搭載車の販売継続を求め、ポーランドは加盟国によってゼロエミッション化に伴う社会・経済的な影響は異なると改正案に反対した。
 一方、再生可能燃料やバイオメタンの利用を推進するイタリアとフィンランドは、改正案は技術中立の原則に沿っていないとの立場を示して棄権した。

 今回、合成燃料の定義を非バイオ由来の再生可能燃料(RFNBO)としているが、EUの再生可能エネルギー指令では第二世代エタノールなど非食品由来の燃料の導入を2030年までに倍増する目標を掲げている。今後、時期をみてバイオ燃料使用に関する改正案が出されるであろう。

CO2排出基準改正の背景

 EUのCO2排出基準改正の背景には、合成燃料(e-fuel)の生産技術やそのエンジン開発を進めているドイツ・フォルクスワーゲン(VW)グループなどが所属するドイツ自動車工業会(VDA)の強い要望を受けたドイツ政府の異議申し立てがある。

 特に、VWグループの広告塔であるAudi(アウディ)は2026年からBEVのみを上市し、2033年までに内燃機関を搭載した車の製造を原則として終了する。また、Porsche(ポルシェ)は2030年に世界新車販売の80%以上を電動化する。両社は全面的にBEVシフトを進めており、その動向は興味深い。

■アウディの動き

 2013年6月、インゴルシュタット と ヴェルルテで e-gas精製工場の稼動を発表した。グリーン電力、水、CO2から水素化学合成メタンガス「Audi e-gas」を精製する。水素は水素自動車向けを予定し、Audi e-gasは既存の天然ガス供給ネットワークを経由してCNGガスステーションに搬送する。

 2015年5月、ドレスデンの研究施設でグリーン電力、水、CO2から合成するディーゼル燃料「e-diesel」の生産を開始した。ドイツ・sunfireとスイス・Climeworksと共同研究を進めてきた技術で、2014年11月にパイロットプラントを建設し、2015年4月から本格生産を開始した。
 再生可能エネルギー電力を使い高温水蒸気電解(800℃以上)により水素製造を行い、高温・高圧の合成反応器内で大気中から直接回収したCO2と反応させて長鎖炭化水素化合物(Blue Crude)を精製し、これを改良してe-dieselを作る。全生成工程のエネルギー変換効率は70%としている。

 2018年3月、スイスのアーラウ(ラウフェンブルク)で、水力発電の電力を使いe-dieselを生産する計画を公表している。パートナーのIneratec 及びEnergiedienst Holdingと共同で、新しいパイロットプラントでは、約40万L/年のAudi e-dieselを生産する。

図9 e-dieselの生産および利用工程のイメージ 出典:アウディ

 2018年3月、開発パートナー各社と共同で「Audi e-gasoline」の生産を行い、エンジンテストを開始した。Audi e-gasolineとは、バイオマスから二段階のプロセスを経て製造される液体イソオクタン(C8H18である。
 第一段階は、ドイツGlobal Bioenergiesのデモプラントで、ガス状のイソブテン(C4H8)を製造し、第二段階はフラウンホーファーの化学・バイオ技術プロセスセンターで、水素添加によりイソブテンをイソオクタンに変換する。 

 一方、2022年12月、インゴルシュタットおよびネッカーズルム工場から出荷される新車に、シェル、ボッシュと協力して開発したR33バイオ燃料を給油して納車すると発表した。工場内に設置された給油所の燃料を、昨年R33ブルーディーゼルに切り替え、その後、R33ブルーガソリンも導入した。

 R33ブルーガソリンとR33ブルーディーゼルとは:
 残留物および廃棄物系の原料を使用した第二世代のバイオ燃料で、再生可能成分が33%含まれ、残りの67%は化石燃料である。
 R33ブルーガソリンはDIN EN 228に準拠し、再生可能性分はエタノールなどの含酸素燃料10%と、パルプ生産の副産物であるトール油などの残留物から得られるバイオナフサ23%である。Super 95 E10(バイオエタノールを10%混合したオクタン価95のガソリン)での走行が承認された車両が使用できる
 R33ブルーディーゼルはDIN EN 590に準拠し、26%の再生可能なパラフィン系燃料、すなわち水素化植物油(HVO)と7%のバイオディーゼルで構成される。全てのディーゼル車(年式の古いモデルも含む)に使用することができる。

 アウディはBEVシフトに全面的に取り組んでいる。そこで再生可能燃料(バイオ燃料と合成燃料)は、この戦略を短期的に補完するものと位置付け、矛盾しないことを表明している。アウディの内燃機関搭載車の生産がEUで終了する2033年以降には、効果的な脱化石燃料化の手段であるとしている。
 例えば中国では2033年以降も内燃機関搭載車への需要があると見込まれるため、現地で内燃機関搭載車の生産と性能向上は続ける可能性はある。内燃機関搭載車の正確な終了時期を決めるのは、最終的には顧客と環境規制とした。

図10 アウディはポルシェと協力して開発したR33バイオ燃料を給油して納車を発表

■ポルシェ

 2020年9月、e-fuelの開発を進める方針を発表した。これまで主にBEV開発とその販売に注力していたが、世界的に脱炭素化を進めるためにはBEVだけでは不十分との見解を示し、e-fuelの開発を進めることを表明したのである。

 2022年12月、チリの事業会社Highly Innovative Fuelsやシーメンス・エナジーなどと、風力エネルギーを使い水とCO2からe-fuelを生産すると発表した。チリ最南端プンタアレナスのハルオニ工場での生産を目指す。ポルシェは本格量産後のコストを約2ドル/L(約280円/L)と想定している。

「Haru Oni(ハルオニ)」プロジェクトの概要
 大規模な合成燃料(e-fuel)の生産実証プロジェクトである「Haru Oni」は、ドイツSiemens Energy(シーメンス・エナジー)が主導し、VWグループのドイツPorsche、チリ電力大手Andes Mining&Energy、米石油大手ExxonMobileなどが参加する。
 プラントのパイロット期間には、2022年までにe-メタノールの年間生産能力を約75万L/年(内13万Lをe-ガソリンに転換)まで整備し、試験供給を開始する。商業化段階は2024年末から2025年初めの本格稼働を目指し、2024年までのe-ガソリンの生産能力を約5500万L/年、2026年までに同5億5000万L/年に大幅増強し、ドイツを中心に輸出する計画である。
 実証するe-fuelは、MTG(Methanol to Gasoline)法でCO2とH2から触媒で合成された「e-メタノール」から触媒を用いて、ほぼ単一成分の「e-ガソリン(オクタン系)」を合成する。基本的にエンジンの設計や制御を変更する必要はなく、ノッキングに強いのでエンジンに搭載する制御で燃費も良くなる可能性がある。

米国のe-fuel開発動向

 1973年の第一次石油ショック以降、急激にバイオ燃料の生産量が増えた米国では、e-fuelの開発・生産では遅れているが、次のような取組が始まっている。

 2022年4月、e-fuelを開発・製造するチリ・HIFグローバルが、北米初の生産拠点に米国テキサス州マタゴルダ郡を選定した。約60億ドルを投資し、最大約7億6000万L/年のガソリン代替燃料を生産する。大気中からCO2を回収、風力発電によるグリーン水素を使用し、2026年の操業開始を目指す。

 2022年4月、e-fuelの開発で先進的な取組を進める米国インフィニウムと三菱重工業は、特殊触媒を利用してCO2および再生可能エネルギー電力からカーボンリサイクル燃料「electrofuels」を製造し、日本市場への展開について共同で検討する覚書(MOU)を締結した。 

 2023年2月、CCS・CCUS事業を行う米国デンバリーは、複数のe-fuel関連企業とテキサス州でのCO2輸送・貯蔵契約を締結した。デンバリーは累計で2200万トン/年以上のCO2を輸送・貯蔵する。
 2023年初めに、ワイオミング州キャンベル郡にCO2貯留サイトとして約61km2の開発契約を締結した。同サイトの潜在的なCO2貯留能力を4000万トンと見積もっている。

国内のe-fuel開発動向

 日本は「2050年カーボンニュートラル」を宣言しており、日本自動車工業会は合成燃料をその達成手段の一つと位置付け研究段階にあり、サプライチェーンの構築を目指している。

 2020年7月、トヨタ自動車やENEOSなど6社でつくる次世代グリーンCO2燃料技術研究組合では、合成液体燃料「e-fuel」の研究開発を進めていることを公表した。
 e-fuelはガソリン燃料やディーゼル燃料に混合して使い、エネルギー生成段階を含むハイブリッド車(HEV)のCO2排出量がBEVを下回る水準を目指し、2030年に一層厳しくなる環境規制に備える。

 2022年11月、東京ガス、大阪ガス、東邦ガス、三菱商事は、三菱商事が参画する米国ルイジアナ州のLNG製造基地キャメロンの近郊で、e-fuel事業の検討を開始した。政府支援を得て、2025年度に着工し、2029年度の操業を計画している。
 再生可能エネルギー電力で製造した水素と工場などで出たCO2から、メタネーション技術を使って合成メタンを製造し、キャメロン基地でLNGとして、2030年には13万トンを日本に輸入する。この量は東京ガスなど3社の都市ガス販売量の1%に相当する。

 2023年2月、福島県相馬市はメタン燃料のミニバス1台の運行を開始する。同市内の研究拠点でIHIが製造する太陽光発電によるグリーン水素と外部工場から調達したCO2で合成する「グリーンメタン」を充塡し、高齢者の足として市内を最低1年間運航し、経費やCO2削減量などのデータを収集する。
 エンジンは変えずに既存のガソリン車を改造し、メタンを充塡するタンクやバルブを搭載した。タンクには最大メタン:18Nm3(0℃、1気圧での体積)を充塡し、走行距離:約150kmとしている。

e-fuelの抱える課題

 e-fuelの合成技術は基本的には確立している。第一段階で、再生可能エネルギー電力を利用して、回収したCO2と水(H2O)から電気分解により一酸化炭素(CO)と水素(H2)を生成する。
 第二段階で、高温(200~300℃)・高圧(5MPa程度)の条件下で、鉄(Fe)などの触媒を用いたフィッシャー・トロプシュ(FT:Fischer-Tropsch process)法により、液体の炭化水素に合成する。

 このe-fuelの最大の課題は低コスト化であり、製造コストは水素価格に大きく依存する。経済産業省資源エネルギー庁が開催する合成燃料研究会の2021年4月中間報告によると、現在日本では水素価格が約100円/Nm3であり、それを基にe-fuelのコストを試算すると約700円/Lと異常に高い。
 経済産業省の2040年目標値である20円/Nm3まで水素価格を下げると、e-fuelのコストは約200円/Lと従来のガソリン価格に近くなる。 

 さらなる低コスト化に向けた開発には、原料となるCO2回収・分離費用の低コスト化が必要である。また、液体の炭化水素を合成するFT法についても、プロセス最適化や新触媒の開発による低コスト化の開発が進められている。

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