ポスト・リチウムイオン電池の動向(Ⅰ)

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 ナトリウムイオン電池(NIB)は、リチウムの代わりにナトリウムが用いられた二次電池である。2021年、中国CATLは、高価なニッケルやコバルトを使わないNFP(ナトリウム・鉄・リン)系正極材料のNIBを開発し、2023年に中国Chery AutomobileのBEVに採用された。

 一方、NIBの電解質を固体にしたものが、全固体ナトリウムイオン電池である。2023年に日本電気硝子が結晶化ガラス技術を発表しており、今後の高エネルギー密度化が期待されている。

ナトリウムイオン電池の開発動向

ナトリウムイオン電池の仕組み

 ナトリウムイオン電池(NIB:Natrium Ion Battery)の基本構成は、リチウムの代わりにナトリウムが用いられた二次電池である。中国CATLのNIBには、高価なニッケルやコバルトを使わないNFP(ナトリウム・鉄・リン)系正極材料が採用されている。
 この正極材料と炭素(ハードカーボン)などの負極材料の間に、ポリオレフィンの微多孔フィルムなど絶縁性に優れたセパレーターを挟み、六フッ化リン酸ナトリウム(NaPF6)などの電解液が注入されている。

図10 ナトリウムイオン電池の仕組み

 CATLが公表しているエネルギー密度は160Wh/kgである。LIB(150~270Wh/kg)に比べて高くはないが、原材料の調達リスクが少なく、将来を見通しての安定供給や量産による低コスト化が可能である。現在、200Wh/kgを目指した開発が進められている。

 また、急速充放電性能はLIBよりも優れ、15分で80%以上を充電できる。-20℃の低温環境でも定格容量の90%を利用でき、-40℃でも動作が確認されている。
 CATLはこの低温特性を生かして、EV向け蓄電池をNIBとLIBのハイブリッド構造として並列に接続すれば、極低温時にLIBが動作しなくてもNIBにより走行できるとした。中国科学院は2022年、負極に金属ナトリウムを使い、容量をリチウムイオン電池並みに高める技術を非公式に発表した。

 一方、NIBの安全性に関して、金属ナトリウムが析出時に非常に活性であるため発火事故につながりやすく、電解液に有機溶媒系の材料を使用するため、LIBと同程度の安全性と考えられる

全固体ナトリウムイオン電池の仕組み

 ナトリウムイオン電池の電解質を固体にしたものが、全固体ナトリウムイオン電池(全固体NIB)である。エネルギー密度が低いNIBの改良版で、電解質を固体にすることで高エネルギー密度化を図り、液漏れや不燃化などの対策を施し、高い安全性を目指している。

 日本電気硝子は正極材料、負極材料、固体電解質(β”アルミナ(Na2O・5.33Al2O3))を全て結晶化ガラスとした全固体ナトリウムイオン電池を発表した。エネルギー密度はLFP系LIB並みで、利用可能な温度領域が-40~200℃と広く、モジュールを多層化している。

図11 日本電気硝子の正極、負極、電解質を焼結一体化した酸化物全固体電池の基本構造

メーカー関連の動向

 2021年7月、中国の寧徳時代新能源科技(CATL:Contemporary Amperex Technology Co. Ltd)は、リチウムを使わないナトリウムイオン電池を2023年までに市場投入すると発表した。エネルギー密度は160Wh/kgで、2023年までに部材などのサプライチェーンを構築する。

 2021年12月、インド財閥最大手のReliance Industries子会社のReliance New Energy Solarは英国NIBベンチャーのFaradionを1億英ポンド(約155億円)で買収した。FaradionのNIBセルのエネルギー密度は、設計値が155Wh/kg(実効値は140Wh/kg)である。

 2021年12月、ファーウェイ系ファンドの出資を受ける中科海鈉科技は、生産能力5GWh/年のNIB工場の建設を発表した。2023年3月時点での生産能力は2GWh/年である。生産のスケールメリットで、10GWh/年に達すればLIBと同コストになるとし、2025年までの達成を目指している。

 2022年1月、中国の徳蘭明海科技(Shenzhen PowerOak Technology)が、個人向けにパワーコンディショナーを兼ねたポータブル電源にNIBを実装した「Bluetti NA300」と、NIBの拡張電池モジュール「B480」を発表した。

 2023年3月、日本電気硝子は、オール結晶化ガラスによる全固体NIBを発表した。2025年の実用化を目指して開発を進めている。LIBよりも安価で安全な電池とし、定置用蓄電池を目指している。
 現在のエネルギー密度はLFP系LIB並みで高くないが、全固体NBIは、理論上高いエネルギー密度を実現できる可能性があり、今後の開発動向に注目したい。 

 2023年3月、セントラル硝子は2024年にもNIB向けの電解液の量産を開始すると発表した。2024年に1GWh/年規模の生産を目指し、中国にある既存の合弁工場での生産も検討する。

 2023年4月、中国CATLは、自社開発したNIBが中国Chery Automobile(奇瑞汽車)のBEVに採用されたと公表した。NIBが量産車に搭載されるのは世界初である。現時点で、BEVの車種や発売時期、NIBの搭載容量などは未公表である。

 2023年5月、日経クロステックが、「NIB時代幕開け、関連メーカーが50社超で価格はLIBの1/2へ」と報じた。2年前にはNIBの開発・量産に取り組むのは世界で数社であったが、現時点では電池メーカーだけで少なくとも20社超、原材料や部材メーカーも含めると約50社に達する。
 中国企業が主体であるが、フランスのTiamat Energy、英国のFaradionなども、NIBを使った定置用蓄電池を商品化している。 

ナトリウムイオン電池の課題 

 ナトリウムイオン電池(NIB)の最大の関心事は、現在主流となっているリチウムイオン電池(LIB)に置き換わる可能性の有無である。結論は、LIB市場の部分的なNIBへの置き換えは進むが、ポスト・リチウムイオン電池の本命とはいえない。

 NIBの最大の強みは、原材料となる炭酸ナトリウム(Na2CO3)や食塩(NaCl)が非常に安価で入手性が容易なことである。LIB並みに量産化が進めば、NBIの製造コストはLIBの7割に抑えられるとの試算もある。また、既存のLIB製造ラインを大きく変更せずに使えるメリットも大きい。

 最大の課題は、エネルギー密度が160~200Wh/kgと、LIB(150~270Wh/kg)やLFP系LIB(160~175Wh/kg)と同等な点である。エネルギー密度が同等で安価であれば良しとする経営判断で、定置用蓄電池や格安BEV向けに動くメーカーが中国企業を中心に広がっている

図12 ポストリチウムイオン電池に向けた動き

 一方、他社との差異化のためには、現状LIBの2倍以上のエネルギー密度が必要である。そのため、NIBは、全固体化によるエネルギー密度と安全性の向上を目指し開発が進められている。

 日本電気硝子が、2025年の全固体NIBの実用化を目指して開発を進めており、定置用蓄電池を用途に掲げている。現時点で、エネルギー密度がどの程度向上するか未定であるため、BEV向けのポスト・リチウムイオン電池の本命とはいえない。

 2023年5月、中国自動車業界団体の全国乗用車市場信息聯席会(CPCA)は、自動車メーカーのNBI採用意欲が高まっていないと発表した。コストがLIB(0.51元/kWh)をわずかに下回る0.49元/kWhに留まり、一方、炭酸リチウム価格が、昨年秋のピーク時に比べて大きく低下していることが原因。
 現時点で、自動車メーカーにとって搭載電池を換えるメリットは小さい。しかし、CPCAはサプライチェーンの整備後、NBIの材料コストが0.29元/kWhとなる見通しで、LIBは今後さらにサプライチェーンが整備されても0.4元/kWhまでしか下がらず、NBIの方が約3割安くなるとしている。 

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