SAFを含むバイオジェット燃料の普及拡大の課題は、「原料の調達」と「製造コストの低減」である。原料に関しては、農業残さ(糖質系、でんぷん系、油脂系)、林業残さ、非食用植物なども検討されているが、いずれも需要に対する供給量の拡大が難しい。
今後、SAFの量産化が始まると「製造コストの低減」が、一層進むと考えられる。大手石油元売り会社の目標は100円代/ℓとしているが、極めて難しい状況にある。
バイオジェット燃料の抱える問題
バイオジェット燃料の普及拡大の課題は、「原料の調達」と「製造コストの低減」である。原料の廃食油などは世界的な争奪戦になっており、全国油脂事業協同組合連合会によると、廃食油の市場価格は3年前の約3倍に上がり、欧米企業の買い占めが進んでいる。
貿易統計によると日本の廃食油(食用に適しない調製品など含む)の輸出量は6年連続で前年を上回り、2021年の輸出量は10万トンを超えている。国内生産量は約50万トン/年であり、約20%が輸出された。輸出価格は2022年1~4月累計で144円/kgと前年同期に比べ70%上昇している。
原料調達の課題
現在、バイオジェット燃料の原材料に関しては、廃食油や植物油などの油脂類が主体である。しかし、廃食油には量的な限界があり、植物油も食料と競合するため、バイオジェット燃料の需要に向けて急速に供給量を増やすことはできず、原料調達が大きな課題となっている。
そのため中長期的に原料調達で期待されているのは、セルロース系バイオ燃料の原料であり、農業残さ(糖質系、でんぷん系、油脂系)、林業残さ、非食用植物などである。しかし、いずれも需要に対する供給量の拡大が大きな課題となっている。
農業残さの活用
農業残さとして使えるのは、肥料や工場の熱源などに利用されない場合に限定される。農業残さによるバイオ燃料やバイオエタノールの精製では、収集・運搬コストの削減、前処理工程の効率化などが技術的課題としてあげられている。
・『糖質系農業残さの活用例』
2017年6月、月島機械とJFEエンジニアリングは、NEDO事業でタイに建設したバイオエタノール製造プラントで、サトウキビの搾りかす(バガス)を原料に、オンサイト酵素生産技術を用いてバイオエタノールの製造技術の有効性を実証している。・『でんぷん系農業残さの活用例』
NEDO事業による実証試験をベースに、2017年10月にサッポロHDとタイ企業のInnotech Green Energy Company Limitedが、キャッサバイモからタピオカを抽出した後に発生するキャッサバパルプを用いたバイオエタノール製造プラント(製造能力:6万㎘/年)の実用化に向け、コンサルティング契約を締結した。・『油脂系農業残さの活用例』
2017年12月、大阪ガスとタイ企業のAgriculture of Basin Company Limitedと共同で、パーム油製造工場の廃水中にある有機物をメタン発酵させ、発生したバイオガスを精製して、99%以上の高純度メタンガスを製造し、天然ガス自動車へ供給する商用実証事業を開始した。
林業残渣の活用
林業残さは木質バイオマスとしてチップやペレットなどに加工され、既にボイラ・バイオマス発電の燃料として有効活用されている。そのため、セルロース系バイオ燃料の原料としての使用とは競合する。需要に対する安定的な供給が課題である。
非食用植物の活用
燃料用途に栽培される非食用食物は、エネルギー作物(energy crops)とも呼ばれ、サリックス(高収率のヤナギ)、ポプラ、ユーカリなどの木類や、スイッチグラス(牧草の一種)、カメリナ、ジャトロファなどの草類が検討されている。やはり、需要に対する供給量の拡大が課題である。
第三世代の微細藻類の活用
第三世代とされる(微細)藻類由来のバイオ燃料については、エネルギー密度が高くジェット燃料の代替となり、単位面積当たりのオイル抽出量もかなり高いため、期待されている。ただし、大規模培養技術の確立には時間を要しており、本格的な商用化は2030年以降となる見通しである。
国内では、ユーグレナが第三世代とされる(微細)藻類由来のバイオ燃料を事業化した。「ASTM D7566 Annex6」規格に適合した「サステオ」を給油し、数多くのフライト試験にも成功している。
今後の普及拡大に向けて、製造規模のスケールアップによる供給能力の増強と、プロセス合理化による低コスト化が必須であるが、経済的な問題から停滞しているのが現状である。法整備や補助金など政府からの継続的な支援が必要である。
技術で先行しても、後発国の大規模投資により成果を持っていかれる構図が観えてくる。
LCA評価と製造コストの低減
国際民間航空機関(ICAO)では、バイオジェット燃料の各種原料や製造法に関して基準を設定し、エネルギー収支や 温室効果ガス排出量、環境影響評価などのスコア化を進めている。現在のバイオジェット燃料の製造工程では、多くの電力と水素化処理用の水素を必要とするためである。
すなわち、バイオジェット燃料に関しては、原料の選択だけではなく、その製造プロセスや使用プロセスも考慮したライフサイクル評価(LCA:Life Cycle Assessment)が重要であり、常にCO2排出量抑制の観点からの優位性を追求する必要がある。
LCA評価の観点からは、バイオジェット燃料の製造プロセスにおいて、「再生可能エネルギーで得られた電力」や「グリーン水素の使用」が基本となることを忘れてはならない。しかし、そのためにバイオジェット燃料は従来のジェット燃料に比べて高コストとなる傾向にある。
2023年6月、興味深いニュースが発表。環境エネルギー、北九州市立大学、HiBD研究所が国産特許技術「HiJET」により「ASTM D7566 Annex2」に適合したバイオジェット燃料の製造にラボベースで成功した。
廃食油から炭化水素油を取り出して水素化処理を行う工程で、従来の高圧水素化処理(5~10MPa)に比べてHiJET技術は3MPa以下のため、装置の小型化、初期費用の抑制、水素消費量の低減が可能である。
航空機事業において燃料費の占める割合は20%以上であり、バイオジェト燃料の導入は運航費の上昇につながる。そのため、地道な製造コストの低減は今後も継続される必要がある。
しかし、航空会社は運航費の上昇分を燃料サーチャージとして一般顧客に転嫁する価格決定メカニズムを採用しており、高コストではあるがバイオジェット燃料(SAF)の導入は確実に進む。
その後、SAF使用実績が増せば、石油由来のジェット燃料との混合を義務付ける「ASTM D-7566」規定の見直しが行われ、「ニートSAF(合成燃料100%)」の使用が認められ、着実にCO2排出量の削減が進められる。
短期的には、航空会社はSAFを導入するためのインフラ整備を進めるが、長期的には「2050年カーボンニュートラル」をめざした投資が必要となる。
「2050年カーボンニュートラル」を実現するためには、「水素燃料」あるいは「合成燃料(e-fuel)」の導入が必要である。「水素燃料」の導入は航空機メーカーによる水素航空機の開発と水素インフラの整備が前提となる。一方で、「合成燃料(e-fuel)」の導入では既存の航空機と既存のインフラが使える。
LCA評価と製造コスト低減が、「水素燃料」あるいは「合成燃料(e-fuel)」の選択の鍵となる。
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